この記事は2020年の短歌界におきた出来事の中から、特に重要であったと思われる出来事をランキング形式でそのTOP10を提供します。
2021年に入り2週間が過ぎました。2020年を落ち着いて見渡すのにふさわしい時期となったような気がします。昨年12月26日から27日にかけてTwitter上で発表した10大ニュースを、その解説を改めて増補した形で再掲します。
なお本ランキングは「短歌が広がっていく世界のはじっこで2020年を記録していきます」に集めた出来事の中から選ばれています。一方で当サイトが短歌界のことを観測し始めたのが2020年の夏ごろであるため、下半期のことに集中しているきらいがありますのでご注意ください。また、当サイト管理人一人の独断と偏見に基づくものであることもご留意ください。
2020年の短歌界10大ニュース
1. 岡井隆の逝去
2020年7月10日のことでした。残念なニュースではありますが、やはり最大の衝撃だったと思います。まさに短歌界の巨星であり、多くの歌人にとっての北辰でした。短歌界だけの存在ではなかったことは、各種報道の数と扱いの大きさで改めて思い知るものでした。
また、理事を務めていた「未来」や短歌総合誌はもとより多くの結社誌でも追悼企画が組まれました。戦後、前衛、昭和、いろんな時代の幕が閉じましたように感じる出来事でもあったように思います。
2. 新型コロナウイルス感染拡大の影響
短歌界に限らず、2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で世界中が揺れ動いた年でした。4月7日には7都府県(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡)に対して緊急事態宣言が発出され、次いで4月16日には全国に拡大されました。
5つの文学フリマが中止を余儀なくされ、迢空賞選考会は初のオンラインでの実施となりました。もちろん迢空賞のみならず、多くの選考会や表彰式、また大小さまざまな歌会、読書会なども中止または延期となりました。
表彰式などは中央歌壇デビューへの重要な足掛かりであったりするでしょうし、文フリなどは小規模サークルや個人においては、活動の主要舞台と定めている方も多いことでしょう。多くの歌人の、場合によっては歌人人生を掛けた計画が、大きく狂わされた事態であったものと思われます。
一方でこのコロナ禍を乗り越えるべく、オンライン選考会、オンライン甲子園、zoom歌会、紙上忘年会などの新たな企画や動きも生まれました。特にzoomによる歌会は大きく広がる契機となったと思われます。
先々、コロナウイルスの収束は成るものか断言できるものではありませんし、また違うウイルスとの戦いは予見されてしかるべきでしょう。今回の経験をもとに、リアルとオンラインを状況に応じて切り替え、また互いに補うような体制が短歌界全体に敷かれていくことを期待したいものです。
3. 映画『滑走路』の公開
萩原慎一郎の歌集『滑走路』を原作とする映画『滑走路』が11月20日に全国公開されました。
歌集を原作とした映画の公開は、萩原慎一郎の関係者だけでなく、短歌というジャンル全体としても喜ばしい出来事でした。
映画としても高い評価を博し、また文庫版、小説版の刊行と商業的な成功を収めていく姿は、短歌の認知を広げ、次へと続く希望を与えてくれました。
この先、『滑走路』とそれに続く作品たちが、DVDやネット配信、さらなるメディアミックスなどの展開とその成功を果してくれることを、強く期待してやみません。
4. 書肆侃侃房の新シリーズ「現代短歌クラシックス」はじまる
6月に書肆侃侃房から発表があり、7月にその第1弾として飯田有子『林檎貫通式』が刊行されました。
「クラシックス」という名称から、いわゆる近現代の大歌人の作品、古典的な名歌集の復刊という印象で、多くの短歌系の出版社が手掛けるシリーズを想像してしまうところです。しかしこのシリーズが提供するのは、現代の短歌シーンに直接つながる名著でありながらも絶版となり入手困難となった歌集たち、というのがその実態でした。
版元の解散など様々な事情で優れた歌集が絶版となる。短歌界でよくみられる光景です。『林檎貫通式』や『四月の魚』など伝説的な名歌集が改めて手に入るという驚きは、短歌ファンにとって極めて大きな喜ばしいニュースだったと思います。
2020年に出版された現代短歌クラシックス
- 『林檎貫通式』飯田有子
- 『砂の降る教室』石川美南
- 『四月の魚』正岡豊
- 『世界が海におおわれるまで』佐藤弓生
- 『木曜日』盛田志保子
5. 青春短歌甲子園の開催
「青春短歌」というスタイルの提唱だけでなく、商業的成功を試みていることが、何より意義深いイベントです。
団体戦のスポット開催など、回を重ねるごとに企画としての成長も著しく、短歌の世界に商業主義が正しく加わるような、ますますの成功を期待するばかりです。
6. 芸人歌会の開催
それはけっして短歌でお笑いをするというものではなく、本格的に短歌の上達を目指す真剣な物でした。
山田航、辻井竜一といった評者だけでなく、全員が歌人でした。
第8回には俵万智を迎えるなど回を重ねるごとにパワーアップ。
短歌がますます世界に広がっていくようです。
7. 政治と文化の溝
9月に出版物の総額表示義務化問題が、10月には日本学術会議の任命拒否問題がありました。
いずれも文化芸術に関わる人間に大きな衝撃を与えるものでした。
とりわけ総額表示は、細く長く歌集を売り続けることの多い短歌界隈に大きな不安を与えました。
より細やかな議論が期待されます。
8. 投稿企画続々と
5月にTANKANESSの「階段歌壇」、8月にうたらばの「Photo Tanka Collection」、10月に次席短歌連絡会、11月に覆面短歌倶楽部、など、多くの投稿先が生まれた年でした。
より多くの歌人に、読まれる機会、評価される機会を与えたとともに、それぞれの企画が示した評価軸の拡大はそれまで見過ごされてきた才能にスポットを当てることにもつながったでしょう。
9. 「枡野と短歌の話」はじまる
枡野浩一がゲストを招いて短歌にまつわるトークを配信する「枡野と短歌の話」がスタートしました。第1回のゲストは山階基。
短歌のコンテンツを考え提供するとき、これからの時代は動画化、双方向化、マネタイズといったことを真剣に考えるべきではないでしょうか。より多様化されえる文化の中に埋もれることのないように。著名歌人であるだけでなく、短歌の現代化、その前線で戦い続けて来た枡野浩一の挑戦であることも意義深いものだと思います。
10. 優れた歌集歌書の刊行
俵万智7年ぶりの第6歌集『未来のサイズ』、荻原裕幸19年ぶりの第6歌集『リリカル・アンドロイド』、永井祐9年ぶりの第2歌集『広い世界と2や8や7』などといったビッグネームの久々の歌集が印象的でした。
また、佐佐木幸綱『テオが来た日』や藤原龍一郎『202X』、小島なお『展開図』、石川美南『体内飛行』、笹公人『念力レストラン』『念力恋愛』、大口玲子『自由』などといったよく知られた歌人による歌集もやはり印象深いものがありました。
第1歌集では近江瞬『飛び散れ、水たち』、工藤吉生『世界で一番すばらしい俺』、阿波野巧也『ビギナーズラック』、榊原紘『悪友』、鈴木ちはね『予言』、川野芽生『Lilith』、北山あさひ『崖にて』などが大いにその存在感を示しました。
ここに上げたものだけに限らず、その知名度とは関係なく、優れた歌集が2020年も多く出版されました。その数だけ短歌の世界は豊饒さを増したといえるでしょう。全ての歌集に感謝を捧げたいと思います。