最強忍者ランキングTop12

忍者と言うと日本史を代表する登場人物であり、その魅力は現代においても輝きを失わず、多くの物語、小説、漫画やゲームなどに登場するキャラクターでもあります。その人気は海外でも非常に根強いものがあり、日本文化を肯定的に受け入れる重要な要素となっているのではないでしょうか。

そんな忍者ですが、実際はもちろん漫画のように印を結んで空を飛んだり火を吹いたりなどといった超能力者であったわけではありません。およそ主戦力たる伝統的な武士や特に技能らしいものを持たない農民兵に対する特殊な技能を持つ集団の総称といったところが実態的なもののようです。特にスパイやゲリラ戦を得意とする特殊部隊兵というイメージが妥当なところではないでしょうか。当時の最先端かつ特殊技術で逢った鉄砲の使い手などもそうだし、剣術家もおなじカテゴリに見做されることがあります。

ここではそんな忍者の中でも特に有名な人物について、伝説的なエピソードの印象からランキングを定めてみました。

伝説的な忍者の12人

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1位 服部半蔵

忍者の中で最も有名な人物と言っていいでしょう。服部半蔵は服部家当主の代々の名乗りであり、その中でも特に有名なものは2代目の服部半蔵正成です。といっても徳川家に仕える中で武将というべき存在として育っており、また3代目以降も武士として忍者というと父である初代服部半蔵保長ぐらいのものだったとも言われています。

2位 百地丹波

「伊賀三上忍」の一人。通俗的には「百地三太夫」などの名前で物語にもよく登場します。忍者の郷を取りまとめる長老というイメージは、この百地三太夫に投影されることが多いのではないでしょうか。名前よりもイメージが広く共有されている忍者という感じです。伊賀忍者をよくまとめ、織田信雄の侵攻を押し返すなどの優れた統率力を見せましたが、最終的には織田信長に敗れることなりました。(天正伊賀の乱)

3位 加藤段蔵

飛び加藤(鳶加藤)の異名を持つ忍者です。牛を呑みこむ「呑牛の術」や扇で木をあおいで花や実をつけさせる「生花の術」などの幻術を得意としました。長野家から長尾謙信(上杉謙信)へと仕官先を変える際には、その卓抜した技術が仇となり危険視されて失敗に終わります。その後、武田晴信(武田信玄)の元に仕官しますがそこでトラブルを起こし首を討たれます。

幻術使いという忍者の中でも特異なキャラクターと、有名武将たちに恐れられたエピソードが花を添えます。

4位 風魔小太郎

関東の忍者集団と言えば風魔忍軍が真っ先に思い浮かぶところでしょう。その風魔の棟梁とされる伝説の人物です。「身の丈七尺二寸(2m16cm)、筋骨荒々しくむらこぶあり、眼口ひろく逆け黒ひげ、牙四つ外に現れ、頭は福禄寿に似て鼻高し」という化け物のような容貌をしていたとも。およそ信じがたい話であり、集団としての戦略上の虚言であったと思われます。そしてまたこのような話からも、諜報、流言、幻術の類が得意であったようです。集団としても個人としても極めて有名な忍者といえるでしょう。

5位 唐沢玄蕃

変転を繰り返し最終的に真田家に属した忍者です。「飛び六法」、「忍び名人」とも称された忍術の名人です。幼名は於猿。跳躍術を得意とするなど、なんとなく真田十勇士として登場する架空の忍者、猿飛佐助を思わせるところがあります。

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6位 果心居士

七宝行者とも。松永久秀、織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、など歴代の天下人の前で幻術を披露したと伝えられる人物です。殺されながらも実は生きていたという形の伝説も多く残っていて、仙人のような印象があります。当時の幻術使いの中でも一人格が違う扱いで描かれるような雰囲気があります。

7位 望月千代女

史上最も有名なくノ一(女忍者)といえるでしょう。諸国を回り諜報を得意とした歩き巫女であったとの伝説を持つ人物です。

8位 蜂須賀小六

蜂須賀小六正勝は、信長、秀吉に仕えた戦国武将で、幕末まで続いた徳島藩の藩祖です。秀吉の元で名を上げる以前は川賊であっただとか、土豪であっただとか諸説ありますが、いずれにせよその規模から戦国期における一般的な「傭兵集団」「何でも屋」であったものと思われます。主君を変転し常に新参者で外様であった蜂須賀小六は、多くの汚れ役や特殊工作につかざるを得なかった事情もあったことでしょう。そういった意味では大いに忍者的存在であったと思われます。

講談や物語では多く、特殊工作や遊撃戦闘部隊としての忍者集団の棟梁として描かれがちです。明治期には当時の当主蜂須賀茂韶が宮中の応接室で煙草を1本失敬したさい、後でこれに気づいた明治天皇に「蜂須賀、先祖は争えんのう」と言われた逸話があります。それだけ昔から蜂須賀小六は盗賊に類する出自であったことがよく知られていたのでしょう。

9位 滝川一益

織田家の四天王とも称された重臣中の重臣として活躍した戦国武将です。その前半生が不明なところや、甲賀を出身とする伝説、そして当時の最新かつ特殊な武器を鉄砲に詳しかったことなどから、その傭兵的、特殊部隊的なイメージは忍者とみなされて当然という印象もあります。

「引くも滝川、進むも滝川」と称されるほど進退の見事さもまた、忍者的な合理性と傭兵気質のなせるものであったのかもしれません。

10位 藤林長門

「伊賀三上忍」の一人。服部、百地に比べ記録が少なくその知名度は低いところがあります。

11位 杉谷善住坊

鉄砲の名手。甲賀五十三家の一つである杉谷家の忍者とも云われ、また鉄砲使いであることから、雑賀衆、根来衆とも。失敗に終わったが織田信長を狙撃したことで有名。重大な任務を任されるほどの当時における知名度と確かな腕に対する信頼があったのでしょう。近くまで忍び寄れる技術というのも感じさせます。最終的には竹製のノコギリでじわじわと嬲り殺される(鋸挽きの刑)という壮絶な最期も名残を強くしています。

12位 石川五右衛門

泥棒と言えば石川五右衛門という程に史上最も有名な盗賊ですが、その名を高らしめた卓抜した侵入窃盗の技術は忍術によるものであったという伝説があります。忍者としてのイメージは薄いのは大名お抱えではなかったのが大きいのかもしれません。伊賀の百地三太夫の弟子であり、抜け忍を働いたともされ、表立った求職活動は叶わず盗賊になるしかなかったのかもしれません。

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