日本史上最強の武道家は誰?伝説力ランキングTop10

江戸時代より武芸を尊ぶ気風が日本には強くあります。そのため柔道、空手、合気道などといった世界でも有名な格闘技も多く生まれました。

そんな長い武芸の歴史の中では、時折誰と戦っても負け知らずという達人といった人々が現れます。時代が異なりその優劣を競わせることは叶いませんが、語り継がれた伝説の凄みを比べて、史上最強はいったい誰であるのか独断と偏見で定めてみたいと思います。

素材出典:Gerd AltmannによるPixabayからの画像

日本史上最強の武道家ランキングTop10

10位 雷電爲右衛門

勝率96%と大相撲史上最高の勝率を誇る力士です。生涯に喫した黒星はたったの11でした。そのため雷電に勝ったということだけで大相撲の歴史に名を残すほどの事件でした。あまりの強さに「鉄砲」「張り手」「閂」「鯖折り」を禁じ手とされていたなどといった伝説もあるほどです。

9位 三船久蔵

講道館柔道十段位を極めた柔道家です。体捌きのみで相手を投げる神技「空気投げ(隅落)」を考案、実戦でも披露した達人です。

8位 大山倍達

牛殺しの伝説を持ち、世界最大最強の実践空手団体を立ち上げた空手界最大のビッグネームです。その伝説のエピソードの多くが漫画を初出としていることなどから、あまりにも虚像的過ぎて実力を疑う向きが多いです。しかしながら、空手といえば極真というほどの流れを作り上げた事実は、経営手腕だけでなく指導力とそしてなによりも実践的な実力が不可欠だったことでしょう。

7位 前田光世

コンデ・コマのあだ名でも知られる柔道家です。他流試合において2,000試合無敗ともいわれています。縁もゆかりもない明治時代の外国において柔道を普及させ、特にブラジルでは、いわばブラジリアン柔術の開祖ともいえる存在になりました。そこまでのことを果たせた理由は、政治力や交渉力などではなく、無類の強さがあってのことだったでしょう。

6位 武田惣角

大東流合気柔術の開祖です。塩田剛三の師である植芝盛平のそのまた師匠にあたります。構成員が数千人を超えるとも言われた丸茂組を単身制圧するなど、超人的なエピソードも多くあります。一方で、弟子の植芝盛平は晩年に距離を置き、合気道として独自の境地を開いたことから、技術的に入神の域とは言えなかったのかもしれません。

5位 本部朝基

伝説の空手家です。沖縄の唐手のあらゆる名人や流派から学ぶとともに、当時忌避された野試合も数多くこなし、その最強への貪欲さは高い実力をうかがわせるのに十分な経歴です。事実その数多の野試合において負けなしとされています。正統な唐手を伝承しつつ、また実戦の経験も豊富であった彼こそが、空手界史上最強と目される達人といえるでしょう。

4位 木村政彦

少なくとも最強の柔道家であることは間違いないでしょう。古流柔術をベースに近代的な高専柔道と講道館柔道を極め、伝説と現代のはざまに位置する武道家です。水平に伸ばした腕の上で100kgのダンベルを転がしたとか、畳をうちわ替わりにしたなど、信じられない怪力の伝説もあると同時に、寝技や腕がらみの技法も開発し今に伝えるテクニシャンでもありました。力道山との試合(八百長とも目される)でKO負けを喫したことでその伝説の経歴に傷を残しました。

3位 國井善弥

鹿島神流の第十八代宗家にあたります。幾多の他流試合において、相手の望む通りの条件で挑戦を受けながらも生涯不敗といわれています。剣のみならず、空手や柔道など徒手空拳の挑戦であっても同じありさまだったそうです。「今武蔵」の異名を持ち、大東亜戦争後、日本とGHQの試合が組まれた際に代表となり試合を制しました。国家の面子を掛けた絶対に負けられない試合に選ばれるほどの実力、そしてそれを制する勝負強さ。まさに実力名人です。明治神宮の奉納演武において他流に立ち合いを挑み出禁になるというヤバさも持っています。

2位 植芝盛平

合気道の開祖です。元大相撲力士・天竜を投げ飛ばし、柔道家阿部謙四郎を組み伏せるなど、事実とされる神技のエピソードが多くあります。その入神の境地は、拳銃と相対しても撃たれる事前に光の玉が飛んでくるように感知でき、弾丸すら避けられたともいわれています。

1位 塩田剛三

合気の技を実践で使用できたといわれる最後の達人といわれています。ロバート・ケネディのボディーガードを抑え込んだり、本気で挑んできたプロ総合格闘家との稽古で投げ飛ばし左肩を外すエピソードなど、お約束ではない実力をうかがい知ることができます。実力の信憑性、実戦経験、周囲からの評価、伝説の派手さなど、どれをとっても一級品の武道家です。

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