インターネットを中心に、短歌の活動を行っている方々にとって、全国のコンビニで利用できるネットプリント(以下ネプリ)サービスは、作品の発表および受容手段として非常に重要なものとなっています。事実、今年上半期に新たに発行された短歌のネプリ作品は、当サイトが把握しているだけでも、300作品近くもの数にのぼります。
この多くの短歌関係者の活動を助けているであろう短歌のネプリ文化が、今後も持続することを企図して「この短歌のネプリがいいね!ガイド」と称した企画を提供することとしました。優れたネプリ作品を顕かにし、その作品がより多くの短歌ファンに届くことを願います。
対象となるのは、2021年の上半期に発行された、短歌作品が1首以上掲載されているネプリ作品すべてです。これらを15部門にかけて、優れた短歌のネプリ作品を紹介します。なお、詳細な対象基準、選考基準について本記事巻末の説明をご覧ください。
おすすめネットプリント作品
- 作品部門
- 超いいね!『第三滑走路 11号』第三滑走路
- 超いいね!『パーマネント・ヴァケーション』嶋村純
- いいね! 8作品
- ペーパー部門
- 超いいね!『却却 3月号』カニエ・ナハ, 中家菜津子
- いいね! 9作品
- 折本部門
- 超いいね!『UME・UTA VOL.1』江戸雪
- 超いいね!『とり文庫 vol.11』千原こはぎ
- いいね! 8作品
- 小冊子部門
- 超いいね!『うたそら 第2号』千原こはぎ
- いいね! 9作品
- カード部門
- 超いいね!『短歌ポストカード』牛尾今日子, 田島千捺
- いいね! 7作品
- スタンダードデザイン部門
- 超いいね!『うたそら 第2号』千原こはぎ
- いいね! 9作品
- ユニークデザイン部門
- 超いいね!『最強戦隊ブンボーグ005』ともえ夕夏, 他
- いいね! 9作品
- アートワーク部門
- 超いいね!『短歌ハッシュ 5月号』うさうらら
- 超いいね!『最強戦隊ブンボーグ005』ともえ夕夏, 他(イラスト:谷脇クリタ)
- いいね! 8作品
- 企画 & アイデア部門
- 超いいね!『覆面短歌倶楽部』
- 超いいね!『短歌桜』長井めも, あきやま
- いいね! 8作品
- 定期発行部門
- 超いいね!『きりんねこ短歌合評会』斎藤秀雄, 未補
- いいね! 7作品
- 新シリーズ部門
- 超いいね!『うたそら 第1~2号』千原こはぎ
- いいね! 9作品
- 初ネプリ部門
- 超いいね!『パーマネント・ヴァケーション』嶋村純
- 超いいね!『夏秋冬春(自選三十首)』春原シオン
- いいね! 8作品
- プランナー & プレイヤー部門
- 超いいね! 千原こはぎ
- いいね! 4氏
- 二次創作部門
- 超いいね!『雪つぶて』星野いのり
- 超いいね!『いつかくる朝』なつこ
- いいね! 8作品
- ある視点部門
- 超いいね!『Accomplice』新棚のい
- いいね! 5作品
作品部門
対象となるのは、すべての短歌のネプリ作品です。作品内容のみを重視、判断し紹介します。内容のみを重視しながらも、当然ながらそのデザインの読みやすさ、パッケージの大きさの適切さなどから受ける印象に、少なからず影響された結果となります。
超いいね!『第三滑走路 11号』第三滑走路
配信日:6/12 発行者:第三滑走路
青松輝さん、丸田洋渡さん、森慎太郎さんの三人によるネットプリントです。三者の連作を収録。いずれも先鋭的で、一首のたびに深い思惟を与えてくれる優れた作品群でした。青松さんの「hikarino/蜂と蝶」は極めて優しい言葉と態度で、まだこの世に隠されたままだった驚きを提示してくれる愉しさがあります。丸田さんの「awkward」は、不安や切なさなどの負の感情を、しかしそのまま提示することに疑念と恐れを抱きながら提示しているようで、非常に考えさせてくれます。森さんの「アンチ・アンチ・ドラマティック」は、比較的分かりやすい歌を多く見せながら、しかしその二重否定のタイトルの仕掛けによって、単純な読みを知覚させながらそれを許さず、反語的な読みを知覚させながらまたそれも許さず、結果元の読みを提供しながらその過程でそぎ落とされた「何か」を考えさせてくれます。
収録歌より(「アンチ・アンチ・ドラマティック」より)
視力さえよければ操縦士になった、みたいな話ばかり聞かせて/森慎太郎
超いいね!『パーマネント・ヴァケーション』嶋村純
配信日:2/21 発行者:嶋村純
映画『パーマネント・バケーション』が当然ながらオーバーラップされます。1980年代のアメリカで描かれた妄想と現実が、2020年代の日本における妄想と現実として再現不可能などと、いったい誰に言えるでしょうか。それは19世紀の『マルドロールの詩』の再現でもあるのかもしれません。そう言えるグロテスクさとシュールさを、現代日本にフィットするように巧みにサイジングされて持ち得ている、と言えると感じました。奇妙な印象が次々と塗り替えられて一つの何かを作り出すシュールレアリスムの手法は、短歌の連作という構造とよく合っているとも感じました。
収録歌より
はじめてのキスを交わした空き地から死体が出たと夕方のニュース/嶋村純
いいね!『ヌーの群れ』結江里香
配信日:2/21 発行者:結江里香
冊子全体を通して比較的若い大人の女性教師を主人公として想像させます。学校といういかにもな社会テーマを冒頭で扱いながら、しかしそれだけに終始しないこの主人公の存在の広がりが魅力的でした。切実な悲しさ、孤独感と言うか他者との関係性の飢餓を感じさせるものがありました。テクニカルな部分や強い飛躍は感じさせませんが、対象を丁寧に詠み上げる鋭さは、それが関係性に飢えた眼球によって映し出されたものと思えば、どこかホラー的でもあります。なにかしら不安定さを表現しているような優れたイラストが随所に配され、最後まで変化に富んだ飽きさせない構成は、最早贅沢ともいえるでしょう。極めて読み応えのある一冊でした。PDFも公開されています。
収録歌より(「三十一」より)
レジ打ちの大学生にタメ口で良いとどこかで判断される/結江里香
いいね!『却却 3月号』カニエ・ナハ, 中家菜津子
具体的なシーンを手掛かりに、その一歩向こうにある抽象の様々な手触りを呉れるカニエさんの歌々と、この具体的な世界がもとより抽象であったかのように溶かしていく中家さんの歌々。たしかに違うのだけれど、まるで二卵性双生児のようなバランスを持つ二つの連作は、互いを最大限に高めあっているかのようで極めて印象的でした。7首ずつ、合わせても14首の歌数は明らかに少なく、この二人の歌をもっともっと読みたくなることはきっと誰にもあらがえない欲求となることでしょう。
収録歌より(「ベルトの森」より)
切手の絵がいくつ変わっても便箋は途切れることなくどこまでも鳥/カニエ・ナハ
いいね!『4年前から3年前 / 3年前から来週』ナイス害
配信日:2/21 発行者:ナイス害
言葉遊びのようなものに代表される言葉そのものの面白さや、ユーモラスという印象も含めて読む人の心を揺さぶろうという思いを感じます。発見の歌的な秀歌をあえてずらしたような、物語り的な幻想歌をあえて着地させないような、言い過ぎず、決め過ぎず、作者の世界に対する(そしてそれは短歌に対する)どこか冷笑的態度を感じずにはいられませんでした。論理性の忌避することで強まる絶望感も胸に迫るものがありました。歌々において扱われるアイテムの多彩さはまるで混乱のようだし、必ずしも端正な形に置きにいかないそれは怒りのようです。上半期の多くの作品の中で、この作品に不思議ともっとも痛みと悲しみを感じました。
収録歌より(「4年前から3年前」より)
バームクーヘンに繋がれたシェパードは名曲ペガサスに導かれ 翔ぶ/ナイス害
いいね!『戸似田一郎 短歌人掲載詠草 2020年8月~2021年3月』戸似田一郎
配信日:4/13 発行者:戸似田一郎
日々のことを、身の回りのことを、発見の歌も生みながら、静かに、抑制的に、等身大に詠い続けるスタイルというのは、ネット上、特に短歌のネプリを配信するような作家たちの中では、あまり見られないかもしれません。そういった状況の中で本作は大いに存在感を示しました。いかにも発見の歌的秀歌というものではない歌においても明らかな感動があります。それは、作者の立ち位置、作者が目を向ける対象やその意識、それこそが発見そのもののようなユニークさがあるからかもしれません。個性的であろうとする態度の没個性さ、から逃れられているという言い方もできるでしょう。5首ごとの連作が8編と、スケール的に弱い印象もありますが、この作者の統一的かつ安定的な歌々は、いつも「戸似田一郎」という連作として成功するかのような印象があります。
収録歌より(「七月制作九月掲載」より)
吉野屋でナイトスクープ見て笑う離れた席でもたぶん笑ってる/戸似田一郎
いいね!『空箱 -からばこ- vol.6』石井大成
配信日:4/15 発行者:石井大成
収録22首の中でも、連作「風の車、風の船」10首はコンパクトながら読者をつかむ力の強い、印象深い作品でした。落ち着いた都会的な詠いぶりをベースに、やや強めに抒情性を盛り込んだ歌々は、1首ごとに読者を立ち止まらせる力に強く、10首の連作ながらもう少し大きな作品を読んだような後味を感じさせます。また、キーワードの「風」が明示されていない歌においても風の吹くイメージを覚えさせることに巧みで、一連に連帯と説得力がありました。それは仄かにストーリー性を感じさせる効果もあり、それが生じた分また作品の大きさをわずかに膨らませていたようでした。
収録歌より(「風の車、風の船」より)
行かなかった花見がメールの向こうではやってる気がする11時半/石井大成
いいね!『夕星パフェ 第3号』道券はな, 枇杷陶子
多人数のネプリというものは、どうしても参加者の実力や調子によりその作品の出来に差が生じてしまい、ひとつの作品群としてみたとき完全に支持できな印象を持ちがちです。『夕星パフェ 第3号』は、ゲスト(的野町子さん)を含めた3者の作品がおおむね拮抗していました。道券さんの「ひとかけの」はうっとりするほどの幻想的な抒情性に溢れていました。枇杷さんの「虹」には非論理のフィルターを通すことで見ることのできる世界の美しさがありました。そして的野さんの「終点の周辺」には文明の発展に比例した人間性の喪失を思わせるものがありました。いずれも読むたびに発見があり味わいが深くなる素晴らしい作品でした。
収録歌より
駅完成予定図の人やや宙に浮いてどこまでゆく群れだろう/的野町子
いいね!『あの井の連作ネプリNo.3 二年二組のこと』あの井
配信日:2/21 発行者:あの井
収録20首全ての結句を「こと」で縛ることは、各首の表現力において二文字損を生むわけですが、しかしながらここではそれ以上の効果、言うなれば一連に強固な緊密性を与えています。それは学校というもの、教室というものの狭さ、画一性、強迫性、同調性を感じさせる装置として大いに役立っています。そしてそれらの感覚こそが「いじめ」というものの要因であることを思わせて、巧みだと思います。また、様々な登場人物が均等に詠われているところも、責任の所在、その範囲が定められない同作のテーマの難しさを表していてよかったと思います。
収録歌より
彩ちゃんが女子トイレからずぶ濡れで帰ってきても無視されること/あの井
いいね!『最強戦隊ブンボーグ005』ともえ夕夏, 他
配信日:1/17 発行者:ともえ夕夏, 他
『最強戦隊ブンボーグ005』は、ともえ夕夏さんと雨虎俊寛さんが、文房具をコンセプトとした戦隊ヒーローに成りきって相聞歌を詠み合うというユニークなネプリです。極めて効果的なイラストレーションとデザイン性にその魅力を十全に引き出されている作品ではありますが、たとえそれが無かったとしても素晴らしい連作であることは間違いありません。ユニークで印象的なテーマ、その設定の上でしか成り立たない歌々、ブレないキャラクター。分かりやすい詠いぶりは、詩歌においてときにつまらない印象を与えがちですが、ストーリー性や展開に意識を置いた連作においては、大いに効果的だと思います。PDFの公開もあります。
収録歌より(「スピンオフ」より)
小物にも服にもピンクを入れないであなたはわたしをわかるのかしら/ともえ夕夏
話題の短歌入門書!『天才による凡人のための短歌教室』好評発売中!
ペーパー部門
対象となるのは、B5以上サイズで出力され、折ったり綴じたりなどの製本指示の無いネプリ作品です。作品内容、デザイン、企画性など、総合的に優れた紙面形態のネプリ作品を紹介します。
超いいね!『却却 3月号』カニエ・ナハ, 中家菜津子
穏やかなトーンの色彩でシンプルにコントラストを見せつけるデザインは、まさしくモダンです。抽象的な歌とそれぞれに配されたロゴデザインもマッチしていました。版面を構成する要素すべてが主張的ながら、丁寧に統一感を仕立てていると思います。B4ながら完全に中央で分かれたデザインは折ることに違和感がないどころか、折ることでそれぞれの作家に新たに出会い直す印象すらありました。
収録歌より(「デボン紀に滅びたダンクルオステウス」より)
たましいを真珠にあずけているような喪服の人とすれ違う駅/中家菜津子
いいね!『夕星パフェ 第3号』道券はな, 枇杷陶子
道券さんと枇杷さんによる季刊発行の『夕星パフェ』は、毎回異なるゲストを招いて、3者それぞれの6首連作を提供するネプリです。ポップでかわいらしいデザインを特徴として持ち、それは現代的かつ反権威的で、短歌をより身近なものとして読者に届けてくれています。第3号からは、短歌作品のフォントを丸ゴシックに変えていて、より美しい統一感を持つデザインになったと思います。
収録歌より
春の雨遠く聴きつつ昨日来たあおい包みをほどいていない/道券はな
いいね! 『最強戦隊ブンボーグ005』ともえ夕夏, 他
配信日:1/17 発行者:ともえ夕夏, 他
最強戦隊ブンボーグ005』は、ともえ夕夏さんと雨虎俊寛さんが、文房具をコンセプトとした戦隊ヒーローに成りきって相聞歌を詠み合うというユニークなネプリです。優れたイラスト、デザインが相聞連作の魅力を増幅する装置として殊更機能していて、優れたパッケージを持っていました。表と裏では、感情の温度、概念的な読者の年齢層など、そのコントラストの作り方も見事でした。A4サイズ1枚のネプリでできることの可能性、その大きさが、この1枚に詰まっていると思います。PDFの公開もあります。
収録歌より(「スピンオフ」より)
雨の日に敵のアジトに捕まった時以来かもふたりきりなら/雨虎俊寛
いいね! 『空箱 -からばこ- vol.6』石井大成
配信日:4/15 発行者:石井大成
しつこすぎない抒情性に都会的な洗練を感じさせる歌々と、シンプルで良質なデザインを持っていました。収録22首をフォントサイズ、行間、要素間の近接を丁寧にコントロールし、上手くコンパクトにまとめています。そのデザインは石井さんの歌の風によくフィットしているのではないかと思いました。題詠から並べた歌々には元の歌題が付されており、読者が実作者としての目線からも楽しめる点も良かったと思います。
収録歌より(「風の車、風の船」より)
つつじだといっぱい咲いたころ気づきゆっくり歌にかたむく心/石井大成
いいね! 『geko. Vol.13』gekoの会
配信日:2/21 発行者:gekoの会
同人4人の新作10首連作を収録。同条件、同数の連作が1紙に並んでいることで、読み比べ易く、読者がおのずと好みの歌人を見つけ出す構造を持っていました。内3人が文語を駆使し、ネプリで作品を発表する歌人の中では特に存在感があり、貴重な作品だったと思います。デザインも余裕のある大きさのフォントで、読み易く良かったと思います。
収録歌より(「少年王」より)
寺田心に変声期ついにおとずれず暮れゆく年の夜風にふれる/貝澤駿一
いいね! 『祝杯』
配信日:1/1 発行者:祝杯
全国の学生短歌会出身者7名による短歌同人誌のネプリです。学生短歌会というひとつのコンセプトに絞った中でそのメンバー構成に多様性を求めるスタイルは、堅実な連帯と効果的な拡散を見込めることでしょう。事実その出身校は、立命館、同志社、京大、宮大などとバラエティに富んでいます。同人誌のプロモーションを企図したものでもあり、そのアナログ版およびデジタル版と展開も多様です。発行を元日に合わせたことも、そのタイトルと相まって印象的でした。このタイミングに幾何学的模様でシンプルに仕上げた紙面は、クラシカルかつモダンで、読み手に適切な印象を与えてくれています。
収録歌より
献杯を乾してそれから長く続く祖父の推定晩年の日々/的野町子
いいね! 『Starry Sky』一人文芸倶楽部Tower117
配信日:3/20 発行者:一人文芸倶楽部Tower117
Tower117さんは、手掛ける創作ジャンルごとに別名義を使い分けて、短歌だけでなく詩や俳句など5ジャンルにも及ぶ活動を展開しています。同ネプリでは「星」をテーマに、詩、五行歌、短歌、俳句の4ジャンルを収録。ここまで多様な創作ジャンルを1枚の紙に収めた作品は他にありませんでした。それだけで楽しくなにより刺激的だと思います。星図を大きく用い、紙面の半分もタイトルに費やした形は、そこに表紙があるようで、ペーパーでありながら冊子のようにも感じられて印象的なデザインだと思いました。
収録歌より
今宵なぜか妙に燦き目に映るシャウラ蠍の毒針の星/桐野黎
いいね! 『新作短歌』牛尾今日子, 田島千捺
モダンでユニークな背景アートに、丁寧で読みやすい文字組、同時発行の関連ネプリとのデザインの統一感も優れていました。A4片面1枚に2人で歌を発表するとした場合、そしてフォントサイズなどの読み易さを優先した場合、これ以上の好例を見つけるのはなかなか難しいでしょう。また収録歌のいずれも端正で理知的で、つまり歌にもデザインにも表現者としての一貫性を見るようで説得力を感じました。
収録歌より(「ツバキ」より)
お皿の上にお皿を落として声がでるお皿の音をかき消すほどの/牛尾今日子
いいね! 『夏秋冬春』春原シオン
配信日:6/5 発行者:春原シオン
修辞的にも多様で、またスタイルもシュールや不穏なところからセンチメンタルなところまで幅広く、読む者を飽きさせない歌々が並んでいます。それでいてそれらが鼻につかない程度に抑制されトーンで揃えられていて、老練さを感じさせる歌いぶりといるでしょう。たしかな統一感がある歌群は、オーソドックスながら工夫の見られる紙面デザインと相まって完成度の高いペーパーとなっています。
収録歌より(「うつくしい(未発表・六首連作)」より)
屋上へ行こうとドアをひらいたら雨音 ふいうちのうつくしさ/春原シオン
いいね! 『わたしが読む恋の歌百首 No.23』逢坂みずき
配信日:3/6 発行者:逢坂みずき
一人が挑む歌評のネプリは数少ないものでした。また全面手書きのネプリというのも珍しいものでした。パーソナルな視点を活かして語られる分析は、恋というテーマと親和性があると思います。手書きということも、個人的な経験を語ることが有効なものとして活きる環境を整備しているかもしれません。手書きながらガイドを用いて書いたような整然とした面持ちは、論者としての冷静かつ誠実な態度を信じさせてくれます。
※発行者の短歌作品を供するものではないため、ここに歌の引用はしません。
折本部門
対象となるのは、1枚の紙を2回以上折りたたむことで本とする製本指示のある、またはそう想定されるネプリ作品です。評価の基準となるのは、作品内容、デザイン性、企画性に優れた折本形態の作品を紹介します。
超いいね!『UME・UTA VOL.1』江戸雪
配信日:1/20 発行者:江戸雪
江戸雪さんが講師を務める短歌教室のネットプリント。包み込むようなユニークでかわいい折り方、おしゃれなデザインが秀逸でした。なにより『空白』『椿夜』などの歌集で知られる江戸雪さんの作品が読めるということは、普通に贅沢です。江戸さんの指導を受けている他の歌人の皆さんの作品も読み応えのあるものばかりでした。短歌教室でネプリを発行するという行為自体も、その参加者や場を広く世間に知らしめ記録し、短歌の世界における交流をまた少し活発にする意義あるものであると思います。
収録歌より(「変わらないでね」より)
アベリアのまた伸びている枝に触れ夜に触れもうまったくひとり/江戸雪
超いいね!『とり文庫 vol.11』千原こはぎ
配信日:5/26 発行者:千原こはぎ
極めて高いレベルのデザイン、それに付随したQRコードや製本図解などの配慮、なにより作品において三者三様の魅力がいかんなく発揮されていました。またそれぞれの短文も魅力的で、歌の背景というよいり遠景を描き出すようで、より少し歌に立体感を与えていたと思います。3人というユニットによるネプリには、個人発行のパンチ力とアンソロジーのハズレの無さを兼ね備え得る特性があり、それぞれ十分に持ち得ていたと思います。
収録歌より(「いっちゃんいがつく」より)
1×1×1×1=1の2番目が僕/御糸さち
いいね!『短歌村、短歌をつくる。』谷じゃこ
配信日:2/2 発行者:谷じゃこ
ユニークかつハイレベルなデザイン、テーマとテイストの一体感、収録作品の確かな実力と発想の自由さ、すべてが楽しさに染め抜かれていました。7歌人の40首とはB7サイズの折本にはやや窮屈な数ですが、そういったことは一切感じさせず、むしろ読み易いほどの印象は正にデザインの勝利といえるでしょう。また、少なくともこの上半期には他に試みが見られなかったテーマを扱っていることも貴重な存在だと思います。
収録歌より(「週末にひと咬み」より)
おやすみと手を振りあって画面からひとつの村が消えるさみしさ/谷じゃこ
いいね! 『冨川折本 第21作目「埠頭行」』川内祐, 冨樫由美子
唯一というべき歌物語の折本シリーズは、優れた内容と凝ったデザインを持っており、発行された6作いずれも素晴らしいものでした。特に音読みで「ふとうこう」と題された21作目は、掌編を読み終えての歌との出会い、その着地の心地よさ、余韻の広がりは格別だったと思います。
※収録は1首のみなのでここに歌の引用はしません。
いいね! 『さかさまささかま Vol.1 仙台』
配信日:6/5 発行者:さかさまささかま
『さかさまささかま』は、青柳しのさん、灰木新人さん、藤田祥さんによる同人誌的ネプリです。折本としては比較的珍しいシリーズ物であり、しかも三者三様の歌とエッセイとイラストを、けして広くない誌面に詰め込んで提供してくれています。3人という数字も、定期購読者を獲得する上でちょうどいい数字かなと思いました。
収録歌より
真夏には静かな入江へ続く道みたいにさそう地下鉄口は/藤田祥
いいね!『あたらしい石鹸を買う まだしてない地球脱出計画がある』はね
配信日:3/23 発行者:はね
ユニークな九つ折りと、工夫の効いたデザイン、そして贅沢な作品数があるネプリでした。スタンダードなデザイン性も優れ、収録の59首をストレスなく読ませてくれます。4つの連作と3つの歌群は、少し早口で捲し立てるような、ときに駆け抜けるような勢いがあります。連ごとに違いはあるものの、そのテンションが維持されているのも読ませる力になっていると思いました。
収録歌より(「桜咲けば雨」より)
家だけどこないだ買ったイヤリングつけて過ごそっかな。春の雨。/はね
いいね! 『いつかくる朝』なつこ
配信日:6/27 発行者:なつこ
ゲーム『刀剣乱舞』を題材とした二次創作短歌作品です。原作の魅力を複層的に伝える優れた二次創作短歌であるとともに、それだけに収まらない修辞と調べの魅力に優れた歌々がありました。原作を知らない読者にも読ませ切る質と量だったとも思います。シンプルなデザインと読み易い文字組の美しい折本でした。連作は画像データで公開されています。
収録歌より
ほんとうは誰も知らない歌なのにきみがわたしに歌うから、/なつこ
いいね! 『おもいで散歩 おのみち』泉由良, なな
数少ない三つ折り形状の折本でした。「散歩」というテーマに相応しい持ち歩きに適した折り形状、歌を引き立てるための背景として簡素化された地図など、各部に理由を感じさせるデザインが優れていました。まるで尾道の公式観光パンフレットのような雰囲気すらあるそれは、土地の魅力と旅の感動が詰まった実に楽しい折本でした。
収録歌より
バス停に似ている小屋で船を待つ知らない場所でひとり自由に/なな
いいね! 『さよならあじさい』朱月有無
配信日:6/24 発行者:朱月有無
朱月さんの初短歌ネプリ作品。収録された18首は修辞と歌材に豊富で、読み飽きることはありません。時に出会う、強い言葉や言いぶりを用いた歌は、しかしうるさく感じさせず、リズムや配置で上手く抑制を効かせられていると思います。その慎重さはどの歌においても通底しており、一冊のトーンを揃えることにも寄与しているのではないでしょうか。表表紙と裏表紙と奥付を設えたオーソドックスなデザインも、この歌群を収めるのに最適だったと思います。Twitterで画像データが公開されています。
収録歌より
蝶々がひらいてとじて息をするようにしずかなきみの心音/朱月有無
いいね! 『さめても夢』ワトゾウ
配信日:2/21 発行者:ワトゾウ
低体温な感情と言葉遣いが、どこか一か所ほんの少し捻じれている感じの、統一感のある文体は、読みやすく連全体も理解しやすいと思います。10首とだいぶ少ない歌数ながら、印象深いものがありました。A4折本という非常に小さな版面に、文字を小さくしたとしてもそれでも余白をしっかりととっているので、読みやすいデザイン性を持っていました。
収録歌より
ドラマなら省かれている一日を二十四時間かかって終える/ワトゾウ
剛力彩芽 企画、主演映画化!工藤吉生 第1歌集『世界で一番すばらしい俺』好評発売中!
小冊子部門
対象となるのは、ホチキス等で綴じる製本指示のある、またはそう想定されるネプリ作品です。作品内容、デザイン、企画性に優れた、小冊子形態のネプリ作品を紹介します。
超いいね!『うたそら 第2号』千原こはぎ
配信日:5/2 発行者:千原こはぎ
「あみもの」終刊のタイミングに応じるように創刊された隔月刊の歌誌です。参加型ネプリとして連作も1首での参加も受け付け、一首評やコラム、エッセイなど内容も多彩です。また豊富な経験を持つ千原さんの手による、これ以上は望めないほどのデザインの質も圧倒的な印象があります。もはや小冊子型ネプリという枠では評価しきれない存在感があります。シリーズ発行を証明した形である第2号を特に評価したいと思いました。各号のPDFも公開されています。
収録歌より(「天使失墜」より)
恋人が愛の軽さを言うようにチューリップは空輸されてゆく 夜/五十子尚夏
いいね!『ヌーの群れ』結江里香
配信日:2/21 発行者:結江里香
個人名義の小冊子型ネプリでは特に優れた作品内容、アートワーク、デザインを持っていました。上半期序盤に発行されたため印象の鮮やかさにおいてほんの少しの不利を抱えていましたが、その鮮烈な印象を塗り替える作品はついぞ現れませんでした。なにより完成された統一感を持つ一冊でした。PDFも公開されています。
収録歌より(「次女」より)
ばあちゃんの洗面器でめだかを飼っていっぱいつくりたい受精卵/結江里香
いいね!『#短歌流星群』ゆらやか出版
配信日:4/8 発行者:ゆらやか出版
12星座それぞれの生れの歌人を募りアンソロジーとした小冊子型ネプリです。参加しやすいテーマと規模の企画性、優れたアートワーク、丁寧なデザインを持っていました。ゴトウアヤカさんと夏川凛子さんのユニット「ゆらやか出版」の初の仕事であったことも、これからの発展に強い期待を抱いて同作品を眺め、それも評価の一因でした。天文に関わるテーマ、そのロマンチシズムは、やはり多くの歌人にとって詠いやすいものがあったようで、質の高い歌々が揃っていたと思います。
収録歌より(「乙女座なんてやめてやる」より)
どこまでも黒い夜空を引っ搔いてためらい傷のように流星/夏川凛子
いいね!『Feat. you Vol.1』やざわあみ
配信日:4/28 発行者:やざわあみ
5人のゲストとの「いちごつみ」を収録した小冊子型ネプリでした。それは「1語摘み」という掛詞だけではなく「1人と5人」というミーニングも隠し持っていて愉快でした。5人の歌人と作品を成し、それをネプリにまとめるということは大きな苦労があったと思います。ユニークな企画を形にする力というものもまた評価されるべきでしょう。作者に応じた配置による歌の区別、テーマとして詠み込んだ1語のカラーリングによる区別などにおける細やかな工夫、またその丁寧な説明が素晴らしかったです。シンプルながらモダンなガーリーさがあるデザインも秀逸でした。
収録歌より(「罫線と曲線」より)
思い出の場所に廊下を含めれば卒業までの長い花道/やざわあみ
いいね!『みずつき 10』千原こはぎ
配信日:6/7 発行者:千原こはぎ
梅雨の季節、水無月の頃、「みずつき」は「水月」であり「水尽」なのかもしれません。タイトルからして優れた計算を感じさせます。表紙周りのタイトル、サブタイトルの置き方、優れたイラストレーション、また文字の大きさをここまで下げてもコンビニ印刷でも耐えられるという実証を得られます。各連作の歌とタイトルのコントラストも見どころです。装幀という意味のデザインだけでなく、企画という意味からのデザインとしても学び取れるものが大いにあることでしょう。PDFも公開されています。
収録歌より(「とほり雨」より)
とほり雨みたいなひとがわたくしを濡らして帰りゆく夕まぐれ/龍翔
いいね!『scrap 2018-2021』しまとゆき
配信日:2/21 発行者:しまとゆき
安定した統一感のある詠いぶりと、シンプルさに優れたデザインを持っていました。ページ数や歌数、諸々の要素も最小限であり、この冊子全体が表現物としてミニマリズムをよく体現していたと思います。パッケージとして特に優れていたと思います。
収録歌より
泣きながら見てた夜道の街灯がきれいで写真に残したかった/しまとゆき
いいね!『生き返り未遂』うゆに
配信日:5/1 発行者:うゆに
個人発行の冊子型ネプリとして、この上半期に極めて重要な存在感を示しました。写真家による創造的な写真を用いた表紙、十分な品質の本文デザイン、計算的な連作の配置、そして統一的なトーンの歌々と、冊子全体として優れたクオリティを持っていました。「生き返り未遂」という迂遠的でネガティブさを薄めたタイトルは、希望的ですらあり、集中の歌々に通底するやさしさを信じることを助けていると思います。
収録歌より(「留まる、跳ねる」より)
もうどれが自分の傘かわからないままそのうちに雨が止みそう/うゆに
いいね!『ちる。』神戸麻衣
配信日:6/21 発行者:神戸麻衣
シーシャ(水煙草)という特異なワンテーマに挑んだネプリというのは、当然ながら興味深くそれだけで価値あるものでした。一方でニッチなテーマであることは、短歌作品の鑑賞において共感性を損なうリスクがあるわけですが、良い意味で説明的なイラストと写真を随所に用い、上手く解決できていたのではないかと思います。余白を大きくとった贅沢なレイアウトも、シーシャを楽しむ空間における緩やかな時間を想像させて良かったと思います。
収録歌より(「君が誰だかわからないんだ」より)
変容のあいだわたしの隙間から吹き出してくる味だけの初夏/神戸麻衣
いいね!『異国 最終回』鈴木智子
配信日:4/5 発行者:鈴木智子
ユニークなテーマと、交番制やハッシュタグ投稿など、豊富なアイデアに満ちた『異国』は、最終号において合本出版化という嬉しいサプライズをもたらしました。デザインや構成だけでなく、企画性まで含めて、ワンテーマのシリーズ物ネプリとして大いに参考になる冊子だと思います。
収録歌より
ニューデリーから成田への機内食和食が人気カレーが余る/白川ユウコ
いいね!『半年たったんか 2020年下半期号』
配信日:2/21 発行者:半年たったんか 編集:さよならあかね
ネプリ『半年たったんか』は、半期の自選4首を募るアンソロジーです。大きなボリューム、堅実なデザイン、なにより前号の編集人から企画を継承しての発行したという重要な意義性を持っていました。その企画テーマから、半期における各歌人の最高傑作が並ぶという、非常に内容の濃い1冊でした。
収録歌より
目覚めたことを自覚してないときの目を不覚にも見られてしまった/水宮うみ
カード部門
対象となるのは、はがき印刷、フォトプリント、シールプリントなどと呼称されるサービスでの印刷指示のある、またはそう想定されるネットプリント作品です。作品内容、デザイン、企画性などに優れた、カード形態の作品を紹介します。
超いいね!『短歌ポストカード』牛尾今日子, 田島千捺
多くのカード型のネプリの背景は、写真や具体的なイラストであることがほとんどでしたが、同作の背景は抽象的なイラストが採用されています。これは短歌自体を引き立てることにおいて、やはり非常に効果的だと感じました。文字の背景処理もシンプルなオビを敷いていて、今流行りのデザイン性があり好感を覚えました。なにより歌そのものの魅力が際立っていた作品です。
収録歌より
春浅きうしなうとして思い出の日々の胸裡にあなたのこたつ/田島千捺
いいね!『無題(あみもの掲載連作ポストカード集)』めーぷるしろっく
配信日:4/1 発行者:めーぷるしろっく
カード型ネプリのデザインといえば、その広くないスペース全体に写真やイラストを置き、1首から2首程度の歌を載せるというのがオーソドックスなスタイルかもしれません。同作ではポストカードの紙面を逆に広いものととらえ、その1葉に15首の歌を収録しています。A4サイズのプリントに相応しいぐらいの歌数を収めるためには、当然ながら文字サイズはかなり小さくなるわけですが、思いのほか読むことに問題は感じませんでした。なによりその見せ方というものはやはり強く印象的だったと思います。イラストやタイトルの置き方などの工夫にも満ちた作品でした。
収録歌より(「君は微睡むパラレルワールド」より)
シャッターを切れば花火は静止して あなたも過去になるのだろうか/めーぷるしろっく
いいね!『無題(刀剣短歌とイラストのフォト & ポストカード』波羅多
配信日:2/12 発行者:波羅多
『刀剣乱舞』を題材にした二次創作短歌。カード型ネプリの魅力と言えば、短歌だけでなく、その優れたアートワークも同時に楽しめるところかもしれません。波羅多さんという本格的なイラストレーターのイラストは、短歌界隈で発行されるネプリの中では図抜けていました。漫画やアニメならではの、そのストーリーの中で動き出しそうな印象のイラストと短歌の取り合わせも、普段見慣れないものであり、驚きと楽しさを提供してくれたと思います。
※収録は1首のみなのでここに歌の引用はしません。
いいね!『鈴木の推し短歌ポストカード』鈴木智子
配信日:6/9 発行者:鈴木智子
海外詠を得意とする鈴木さんの、実際に現地に行って撮影したと思われる写真は、それだけでユニークで引き込まれるものがあります。鈴木さんの発表歌の中から、人気のものをフォロワーに募った結果の歌を掲載したものであり、その企画性もユニークでした。
※収録は各1首のみなのでここに歌の引用はしません。
いいね!『無題(写真と短歌のポストカード)』ゆやゆき
配信日:4/5 発行者:ゆやゆき
背景とされたモノクロの写真が持つ、情報をそぎ落とされたシルエットは見る人に応じて、より鮮やかなしかもパーソナルな記憶色を再現することでしょう。それは短歌と言う表現が持つ特性と似ているのかもしれません。歌もまた、ゆやゆきさんがこの上半期でネプリとして発表した歌の中でも特に優れていると思いました。
※収録は1首のみなのでここに歌の引用はしません。
いいね!『シキ(シキ短歌ポストカード集)』空虚シガイ
配信日:6/13, 6/14, 6/15, 6/16, 6/17, 6/18, 6/19 発行者:空虚シガイ
フォロワー数到達の記念企画として配信されたポストカードのネプリでした。「シキ」の音を持つ言葉(指揮や四季など)をテーマに5首連作を1つのハガキに。これを7種類、それぞれ基本1日を限定として1週間連続で配信されました。そのユニークかつ難度の高い企画を実行したことは、より広く知られるべきだし、評価されるべきことだと思います。
収録歌より(『シキ―四季―』より)
大好きな花が咲く日が暗黙のサインだったね元気にしてる?/空虚シガイ
いいね!『無題(刀剣乱舞二次創作短歌フォトカード集)』弥生
配信日:4/10 発行者:弥生
ゲーム『刀剣乱舞』を題材とした二次創作短歌作品です。11葉に及ぶフォトカードの同時配信でした。1葉には1~4首が収録され、都合25首を、短歌のみを収めたものもあれば、1首の短歌と掌編と言うにも及ばない台詞や掛け合いが合わせて収めたものまで、実に多彩でした。様々な表現の試みとその数をもって読者を説得することは、特に二次創作では大事なことかもしれません。
収録歌より(「伊達組のとある一幕」より)
舞い踊る花びら数多あるけれど一際輝く花はどれかな?/弥生
いいね!『無題(ドール詠のフォト & ポストカード)』のぶつばき(3/29)
配信日:3/29 発行者:のぶつばき
ドールの写真を背景に、これを詠った短歌1首を収録したフォトおよびポストカード。徹底的にドールを主役として歌を詠うスタイルで、その特異性は当然評価に値するし、これからも続けられることを期待するものです。写真印刷とハガキ印刷、2種類の形態を選べる配慮が嬉しい配信でした。
※収録は1首のみなのでここに歌の引用はしません。
猫づくし!『猫のいる家に帰りたい』(歌:仁尾智,絵:小泉さよ)好評発売中!
スタンダードデザイン部門
対象となるのは、全作品です。広くネプリ発行者にとって好例となる、普遍的なデザイン性を持つネプリ作品を紹介します。
超いいね!『うたそら 第2号』千原こはぎ
配信日:5/2 発行者:千原こはぎ
この上半期に創刊された隔月刊の歌誌『うたそら』は、まるで商業誌のようなクオリティです。期間に通じて2号の発行がありましたが、コーナーが出そろったこの第2号が同誌デザインのひとまずの完成形とみなして特に取り上げたいと思います。字間、行間の十分な読み易さ、ジャンプ率など見出しにおける控えめだけど充分なコントラスト、多種のフォントを違和感なく配置するバランス感覚、十分に美しい余白。そして美しいイラストレーションも含めてそこには一貫した哲学があります。この小冊子型のネプリは、しかしどんな形態のネプリにとっても優れたお手本となるに違いありません。各号のPDFも公開されています。
収録歌より(テーマ詠「緑」より)
美しいグラデーションを期待して床にピーマン転がす 拾う/天野うずめ
いいね!『月刊おもいだしたらいうわ vol.12』
配信日:5/16 発行者:月刊おもいだしたらいうわ
カラー配信される短歌ネプリの決定的な好例がこれです。毎号優れたレイアウトを見せてくれますが、特にvol.12はおしゃれで印象的でした。5月配信に合わせ、初夏の雰囲気をまとったイラストレーションは、しかも背景となることを想定したものであったと思います。スミ文字で組まれた文章の、一部背景に合わせて白ヌキにしてある細やかな仕事があります。横書きにゴシック体、縦書きに明朝体をあえて用いているところも、強すぎないインパクトがあってよかったと思います。
収録歌より(「Re: バスがもう出る」より)
おうし座を先に探していた日々も思い出になる だしまきたまご/東絵あや
いいね!『とり文庫 vol.11』千原こはぎ
配信日:5/26 発行者:千原こはぎ
折本のデザインとして決定的な好例がこれなのではないでしょうか。『うたそら』で見られた優れた仕事ぶりがここにもあります。表紙は冊子型や折本のデザインを考える中で、いくらでもアイデアと選択肢があるわけですが、極めて小さなビュースペースしか持たない折本においてその全面に写真を用いたことは、なるほどこれしか手がないようにも思います。メンバーの数と同じ3羽のガチョウが同じ行方を向いているメッセージ性も素晴らしかったと思います。そういえば千原さんが手掛ける折本は、いつも折本の作り方の図が載っていることに感心します。
収録歌より(「一粒に世界」より)
錠剤の一粒甘くああ他の粒もそうなのだろうか、世界/西村曜
いいね!『scrap 2018-2021』しまとゆき
配信日:2/21 発行者:しまとゆき
この小冊子型ネプリは、表紙も本文も極めてシンプルなデザインを持っています。余計な装飾はどこにもなく、事実全16ページの一切に文字と写真以外の要素はありません。あるのは「Less is More」の精神だけです。贅沢な余白は歌そのものを大いに際立てていました。モダンなスタイルはもちろん口語歌との相性は抜群です。
収録歌より
シーリングライトがぼくの目を焼いて期限の切れた目薬をさす/しまとゆき
いいね!『乱雑な暮らし』玉舘よとぎ
配信日:6/11 発行者:玉舘よとぎ
近年よく見かける「丁寧な暮らし」というフレーズの皮肉的タイトルが効いていると思いました。実生活のこまごまを丁寧に拾い上げていく詠みぶりによって見えてくる、作者(それは多くの我々)のリアルは、およそ「丁寧な暮らし」とは程遠いものであるという予想通りの、しかし衝撃的な事実を提示してくれています。丁寧な手書きのタイトルと署名、死のように無表情なイラスト、贅沢な字間、うっすらと配された細やかな罫線。徹底的に批判精神に富んだ仕掛けに、大いに好感を持ちました。
収録歌より
大切な人なのになのに星座しか知らない確か双子座だった/玉舘よとぎ
いいね!『完全版〈現代短歌よもやまばなし〉』牛尾今日子, 田島千捺
商業誌の誌面を外して持ってきたかのようなクオリティがあるネプリでした。適切なフォント選びやジャンプ率など随所にプロの仕事というべき質を持っていたと思います。オンライン短歌市に向けて第5回までをブログで順次公開していき、短歌市当日に第6回を含めて完成版とする企画性も楽しかったです。ブログではリンクとして提供している箇所も印刷ではちゃんとQRコードで提供しており、こういったところにも細やかで丁寧な仕事ぶりを感じました。
※発行者の短歌作品を供するものではないため、ここに歌の引用はしません。
いいね!『人の死なない話をしようをもっと楽しむための本』笠原楓奏
配信日:3/30 発行者:笠原楓奏
自身の第1歌集(ファーストアルバム)である『人の死なない話をしよう』のPR企画(第3弾)としてのネプリです。表紙は原稿用紙に手書きのタイトルがラフに書かれており、「本」となる前の話がこの先にあるんだというメッセージをよく表現していて効果的だったと思います。本文等デザイン全体の印象としても、栞文や特典冊子らしさ、を表現しようという意識を感じました。PDFも公開されています。
収録歌より(「あとがきのあとがき」より)
人生を行く道程で人生を語れるなんてまさか二週目/笠原楓奏
いいね!『meri-kuu 第7弾』
配信日:5/16 発行者:meri-kuu
ペアで1枚物(特にA4サイズ)のネプリを出す際にテンプレートとしたくなるデザイン性がありました。綺麗な2分割の写真背景に、透過度の低いはっきりとしたボックスに歌を並べています。それだけではスタンダードすぎて野暮ったさが出そうなところを、サイジングやアシンメトリーな配置で遊び心を加えておしゃれな雰囲気を醸し出しています。フォントも縦長比率が高めの丸ゴシックを採用しており、読み易く洗練された印象を生んでいます。
収録歌より(「拝啓S.F.」より)
うつくしい交差点からはみ出した白い自転車 まぶしい、すべて/ネネネ
いいね!『おもいで散歩 おのみち』泉由良, なな
まるで尾道の観光案内所にそのままパンフレットとして置いてそうな完成度がありました。おしゃれに過ぎず、クラシカルに過ぎず、カチッとしたところと力を抜いたところのバランスが良く、センスのいいパブリックさを醸成していると思います。同作のテーマには印刷物としての、手に取りやすさ、持ち歩きやすさ、を求める性質があったと思います。三つ折り形状にはそれに対するデザイン上の解答という必然性もあり、その点においても優れていました。
収録歌より
知らぬ間に手渡されたかのような海大林映画の好きな父から/泉由良
いいね!『月の未明 vol.07 netprint 版』原島里枝
配信日:5/15 発行者:原島里枝
A3サイズの1枚物ネプリ。4段組みで構成される新聞のようなレイアウトは、読み易いだけでなく、折りたたむことにまるで罪悪感なく臨めるところがあり、管理する上でも嬉しい仕様でした。それはこういった大判かつ多段組みのスタイルにおける好例と言ってもいいでしょう。タイトル、本文も問題なく美しいと思います。また同作における印象的だった特徴として広告枠を設けているところもユニークでした。広告費を得る目的と言うよりもコラボレーションの可能性を探るところに意図がありそうです。
収録歌より(「死と生、私と声」より)
残光も銀河鉄道のページ指す死際まで星は輝き/原島里枝
ユニークデザイン部門
対象となるのは、全作品です。ネプリ発行者にとって参考となる、独創的なデザイン性を持つネプリ作品を紹介します。
超いいね!『最強戦隊ブンボーグ005』ともえ夕夏, 他
配信日:1/17 発行者:ともえ夕夏, 他
ともえ夕夏さんと雨虎俊寛さんの相聞連作に、谷脇クリタさんのイラストを全面に活かしたこのネプリのデザインは、一見してユニークであるとともに極めて緻密でした。退色気味の彩色、カタカナにまで振られた総ルビなど、子供向け雑誌にあるようなこれらの仕掛けが戦隊ヒーローものというコンセプトに強い説得力を与えているだけでなく、この短歌連作は昭和の典型的な男女の恋愛関係を描いているのだという説明装置としても働いています。裏面には一転シリアスな雰囲気の「スピンオフ」と題された相聞連作が。基本ルビもなく、フォントも行書体寄りで大人な雰囲気を湛えています。その落差も極めて効果的と感じました。奇抜なだけでなく、デザインにはすべて理由がある、その教科書のようなネプリといえるでしょう。PDFの公開もあります。
収録歌より(「第X話『3、2、1、FIRE! 唸れ五色の文房具!』」より)
本当はもう帰りたいわたしだけさっき名乗りのときに噛んだし/ともえ夕夏
いいね!『クロネコ日和』海月漂, うさうらら
なんと立体になるという誰の目にもユニークなネプリ作品です。猫は高低差のある空間においてこそ生き生きとするもの。歌とイラストに描かれたクロネコもまた、この仕掛けによってさらに読者の脳裡に躍動するのかもしれません。
収録歌より
何者だコロってやつはカラオケの『むらさき』ずっと閉まったまんま/うさうらら
いいね!『名は忘れ眼も肌色も失くした身 こだまのなかにわたしはいるか』金由梨(野原小路)
配信日:3/16 発行者:金由梨(野原小路)
極めて複雑な製本を要求される折本です。7ページ、11首の句頭が見えるように1文字分ずつ段々にずらされて綴じる設計となっています。たった1枚の紙を切って折ってとするだけで、これほど複雑で面白い製本ができるのかと折本文化の深さに驚くばかりです。PDFも公開されています。製本に挑むことは難しくとも、その説明書は一見の価値ありです。
収録歌より
失くしものまだ見つからぬそのうちにしまっておいたものも失くした/金由梨(野原小路)
いいね!『UME・UTA VOL.1』江戸雪
配信日:1/20 発行者:江戸雪
江戸雪さんが講師を務める短歌教室のネットプリント。なによりその折り方がユニークでした。歌々が掲載された面を包み込むように、A3の紙を3回折りたたんでA5サイズにするスタイルは、他で見かけることはありませんでした。ポップでおしゃれな雰囲気のイラストとデザインもまた、他に類を見ない物でした。ユニークなだけでなく、読みやすく美しいスタンダードなデザイン性にも優れていたと思います。
収録歌より(「愛しい君に変をしている。」より)
それはそれ恋の背中を押したのが父から伸びた足の裏でも/久保哲也
いいね!『グリーン・メタリック』爆
配信日:2/21 発行者:爆
幾何学的なアートワークと退色系のカラーリング、一方で英字タイトルにはセリフ体を用いており明らかなレトロ調を狙ったデザインは、その典型の再現に成功していると思います。本文も見開き右ページに4首を配し、左ページはなにもなくただベタっとグレーを置いているだけなのも、面白かったです。2~3ページの見開きには「不起訴でお願いします」とのメッセージが2ページを横断しており、折本の特性を上手く生かしたデザインだと思いました。同時配信された新装版の『マイネームイズ・トラジティ』とともに、まさにかっこいいデザインでした。
収録歌より
「さみしい」とツイートすれば136文字の無駄があってさみしい/爆
いいね!『短歌村、短歌をつくる。』
配信日:2/2 発行者:谷じゃこ
コンセプトや企画も含めて広義のデザインとすれば、同ネプリは企画から装幀まで、全面的にユニークで優れたデザインを持っていました。また人狼というレクリエーションをテーマにデザインをすることにおいて、谷じゃこさんのテイストは特にハマっていたのではないでしょうか。読み易さも左右するスタンダードなデザイン性にも優れていました。
収録歌より(「雷鳴」より)
閃光に一瞬夜は開かれて それから 焼け焦げるなきがら/虫武一俊
いいね!『短歌ハッシュ 5月号』うさうらら
配信日:5/11 発行者:うさうらら
投稿歌を募るだけでなく、いかにも手間がかかっていそうな優れたアートワークも含めて毎月発行する『短歌ハッシュ』は、それだけでユニークなネプリといえるでしょう。しかもそれが毎回異なるテーマに合わせて、テイストを変えてくるのですから驚きです。ブックカバーとしても使える短歌のネプリは、他にどこにも見つけることはできませんでした。特に5月号の落ち着いたデザインはどんな空間で用いても使いやすいことでしょう。
収録歌より
紫陽花は水平に咲くなないろの思い出ひとつもこぼさぬように/うさうらら
いいね!『ときんだより vol.1』
配信日:6/17 発行者:伊藤すみこ
『ときんだより』は、コミカルなタイトル周りや、親し気なイラストなど、手書きの温かみがよく生きる場所には手書きを用い、一方で字空けの正確さなど間違いない判読を期すべき短歌部分には活字を用いるとした、ハイブリッドな版面を持ちます。割とシンプルなアイデアながら、文字とイラスト両方に上手さが求められることと、スキャンが必要だったりと手間もかかるだろうことから、他にこのスタイルを持つネプリはほとんどありませんでした。その分、そのコントラストは極めて印象的でした。
収録歌より(「ぎなぎなと行く」より)
クーラーが弱りきってる中古車で海岸線をぎなぎなと行く/伊藤すみこ
いいね!『ゆらのーと vol.1』立葵ゆら(夏川凛子)
配信日:2/1 発行者:立葵ゆら(夏川凛子)
女の子の凝りに凝った学生時代のノートというイメージでしょうか。紙面上部には年月日と名前を記入する欄があるのが面白いです。そのままであることを許さないかのようにあちこちに装飾を施し、歌と文とイラストが常に交互にあるかのようです。やや雑な印象もありますが、そこも若さやプライベート感を醸し出すための計算と受け取りました。マジックやボールペン、色鉛筆など、いくつかのツールを使い分けているようで、原稿はカラーだったのかなとも思わせます。それを敢えて白黒で配信したのもまた校内で配布されたもののようなイメージの演出なのかもしれません。
収録歌より
お祭りの金魚掬いを救いだと勘違いした金魚のひとみ/立葵ゆら(夏川凛子)
いいね!『あたらしい石鹸を買う まだしてない地球脱出計画がある』はね
配信日:3/23 発行者:はね
A3の用紙を縦に三つ折り、横に三つ折りとして、九つに折るスタイルを採用しています。折本として割と主流な中に切れ目を入れるスタイルとは異なり、非常に簡単に製本が完了します。いわゆるページをめくっていく形の本にはならないわけですが、これはこれでただ折りたたんで収納しようとしたものではなく、ちゃんと携帯し読ませるための造本だと感じました。新聞紙のような印象でしょうか。紙面全体に蝶のシルエットが飛び交うデザインですが、その蝶が折りの目印になっているのもユニークでした。
収録歌より(「月殺し」より)
現世からさらばするのだ。いつかしたぱいなつぷるの「ぷ」の跳躍で。/はね
月980円で読み放題!-Amazon Kindle Unlimited-
アートワーク部門
対象となるのは、イラストや写真などの印刷による視覚芸術作品がともに掲載されたネプリ作品です。作品内容との相乗効果の高い、優れたアートワークを持つ作品を紹介します。
超いいね!『短歌ハッシュ 5月号』うさうらら
配信日:5/11 発行 & イラスト:うさうらら
うさうららさんが毎月提供するシリーズ『短歌ハッシュ』は、どの号にも紙面いっぱいを用いたイラストが描かれています。しかもそのどれもが美しく、アイデアに満ち、テーマに寄り添う形でテイストを変えていて、いつも驚かされます。参加型のネプリですが、たとえ自身は投稿していなくても出力する価値があるアートワークを持っているといえるでしょう。1~6月号どれも優れたものでしたが、特に5月号は短歌というイメージにいかにもピッタリなテイストでした。
収録歌より
うたた寝の夢の散歩の道端に野の花を見たゆりの香りの/沼谷香澄
超いいね!『最強戦隊ブンボーグ005』ともえ夕夏, 他(イラスト:谷脇クリタ)
配信日:1/17 発行者:ともえ夕夏, 他 イラスト:谷脇クリタ
『最強戦隊ブンボーグ005』は、ともえ夕夏さんと雨虎俊寛さんが、文房具をコンセプトとした戦隊ヒーローに成りきって相聞歌を詠み合うというユニークなネプリです。谷脇クリタさんがイラストを担当。戦隊ヒーローの中でもゴレンジャーあたりを彷彿とさせる、昭和40年代あたりの熱血テイスト満々としたイラストは、恋心だとか滑稽さだとかを増幅させていて大いにハマっています。裏面には一転シリアスで大人な世界が。イラストと短歌の相乗効果という点では最高の作品でした。PDFの公開もあります。
収録歌より(「第X話『3、2、1、FIRE! 唸れ五色の文房具!』」より)
これまでの悔し涙が俺たちの背中押すからさあ立ち上がれ/雨虎俊寛
いいね!『ヌーの群れ』結江里香
配信日:2/21 発行 & イラスト:結江里香
小冊子型のネプリの中に、水彩画を思わせる、やわらかで溶けだしそうな輪郭を持つイラストが随所に用いられています。それは寂しげな面持ちを持つ歌々といかにもフィットしていました。歌と絵とが同じほどの性質と品質を保っていることを見せることで、結江里香というアーティストに大いに説得力を与えていると思います。PDFも公開されています。
収録歌より(「ヌーの群れ」より)
割り算のできないあの子が泣いている窓辺にいつも春の明るさ/結江里香
いいね!『#短歌流星群』ゆらやか出版(イラスト:ゴトウアヤカ)
配信日:4/8 発行者:ゆらやか出版 イラスト:ゴトウアヤカ
12星座それぞれの生れの歌人を募りアンソロジーとした小冊子型ネプリです。裏表紙までいっぱいを使ったカバーデザインとそのイラストレーションが印象的でした。星座というテーマにマッチしたロマンチックな絵柄と、夜を思わせる色使いと背景およびテクスチャ加工、デザインもまた優れていました。表紙は光沢紙で別にプリントを可能としていたところも、この優れたアートワークの魅力をより引き出せてよかったと思います。
収録歌より(「落火星」より)
ずっとずっと黒板引っ掻く音がする夜空の瑕疵のように流星/御燈肖(ゴトウアヤカ)
いいね!『無題(刀剣短歌とイラストのフォト & ポストカード』波羅多
配信日:2/12 発行 & イラスト:波羅多
『刀剣乱舞』の二次創作短歌1首と二次創作イラストを掲載した、同じデザインのフォトカードおよびポストカードです。短歌だけでなくイラストでも二次創作活動を行っている作者の作品であり、二次創作の世界におけるイラストの重要性、そのレベルの高さは多くの方が知るところでしょう。波羅多作品もまた、そのクオリティは短歌界隈ではなかなか目にする機会のないレベルにあり、特に漫画やアニメ的な動きを想像させる方向性でのクオリティに優れていました。デザインにおいてもシンプルながら均整のとれた上質さが見て取れます。
※収録は1首のみなのでここに歌の引用はしません。
いいね!『生き返り未遂』うゆに(写真:照井陽智)
カラー写真を用いたアートワークを持つ数少ないネプリでした。それが表紙全面にともなると極めて少なく、しかも創造性に溢れた写真ともなると、この作品ぐらいのものでした。もちろんそのユニークさだけがこのアートワークの魅力ではなく、短歌作品とマッチする適度な奇妙さがありました。そしてその写真に見える、明るさと奥行き、椅子の立ち置かれたばかりと思わせる事実性には、何かの始まりのメッセージとそれに続く物語性を強く感じさせます。
収録歌より(「自薦短歌50首」より)
だんだんと海辺になってゆくきみの二重まぶたの熱さをおもう/うゆに
いいね!『さかさまささかま Vol.1 仙台』
配信日:6/5 発行者:さかさまささかま イラスト:青柳しの, 灰木新人, 藤田祥
A3→A6折本という小さなスペース、少ないページながらメンバー3人のイラストがふんだんに用いられています。一見一人の手によるイラストなのかと思うほどに似通ったテイストは、全体に統一感を与えていてよかったと思います。ローカルなテーマを扱っているので、説明の部分をイラストに託せるという必然性もまた良いと思いました。
収録歌より
県政を揺るがす秘密を握られて至急口を海苔でふさいだ/青柳しの
いいね!『ちる。』神戸麻衣(イラスト:むつみ, 写真:古紙匣)
配信日:6/21 発行者:神戸麻衣 イラスト:むつみ 写真:古紙匣
シーシャ(水煙草)をテーマとして参加を募ったアンソロジー。比較的特殊な嗜好品であると思われるシーシャは、たとえば地方在住者や年かさな人間からするとなかなか聞きなれない、イメージの湧きにくいテーマだと思います。それを明確に、その楽しむ際のスタイルまで分かりやすいイラストで示しているところが良かったと思います。イラストレーターの仕事の上手さを感じました。このイラストを表紙にしたことで、その後の短歌や写真から受けるイマジネーションの広がりは、他の何かを表紙にするパターンより優れていたと思います。
収録歌より(「残り香」より)
ああこれはたぶんあなたが好きな味だなんて未練がましい煙/中嶋港人
いいね!『明日になれば忘れられるよ』星宗介
配信日:3/9 発行 & イラスト:星宗介
短歌のみならず小説やイラストも手掛ける作者の、初短歌ネプリ作品でした。自らで歌もイラストも仕立てられることは表現者として大いにアドバンテージを持つものであり、事実ここにおける歌とイラストは、よくフィットしているし、互いをよく説明して補い合っているし、確かに相乗効果があったと思います。今回は表紙だけのイラストでしたが、今後のネプリではさらに多くのイラストを歌と絡ませてほしいな、などと思いました。
収録歌より
この庭が水没都市で唯一の、育てたゴーヤを食べれるところ/星宗介
いいね!『月刊おもいだしたらいうわ vol.9』(コラージュ:伊藤隼平)
配信日:1/25 発行者:月刊おもいだしたらいうわ コラージュ:伊藤隼平
コラージュ作品を短歌のネプリで見ることは極めて少なく、上半期では『月刊おもいだしたらいうわ』がvol.9と10で提供してるぐらいのものでした。断片的なシーンを見せていく短歌の連作は、そして結果生まれる大きなイメージは、まるでコラージュが作り上げるそれと似通っています。同シリーズが今後も優れたコラージュ作品を提供してくれることを期待するとともに、同じようにコラージュ作品を提供してくれる短歌ネプリが増えることを願わずにはいられません。
収録歌より(「Re: 前に会ったの春だっけ」より)
またすぐに会えるつもりで貸している五巻が帰る予定の隙間/西井彩(東絵あや)
猫づくし!『猫のいる家に帰りたい』(歌:仁尾智,絵:小泉さよ)好評発売中!
企画 & アイデア部門
対象となるのは、全作品です。優れた企画性やアイデアに溢れたネプリ作品を紹介します。
超いいね!『覆面短歌倶楽部』
配信日:1/8, 2/11, 3/11, 4/12, 5/11, 6/10 発行者:覆面短歌倶楽部 (あの井)
作者名を付せず短歌のみを掲載しネットプリントやPDFを配信する公募企画。翌月の作者名公表(覆面剥ぎ)までいったい誰の作品なのか分からない様を、覆面短歌と名付けたセンスも良かったと思います。先入観にとらわれずフラットな視線で作品を鑑賞できるだけでなく、参加者の声を聴けば、名前が並ばないことは短歌をはじめたばかりの方にとって参加しやすいというメリットもあるようです。安定した運営と発行を毎月続けていることも素晴らしい企画です。
収録歌より(其の伍より)
君が代は千代に八千代になんだっけ君が好きだよ苔のむすまで/れいとうビーム
超いいね!『短歌桜』長井めも, あきやま
「さ・く・ら」の3文字をそれぞれ頭韻に持つ短歌3首を募集し、これを桜の画像に載せ、3月1日にTwitterで参加者が一斉に投稿するとした企画。179名による一斉投稿はハッシュタグ「#短歌桜」がTwitterにおける日本のトレンド入りをするほどの盛り上がりでした。A3で11枚にも及ぶネットプリントをカラー出力すると1,100円もかかってしまうため、PDFの提供はもとより、1ページごとに、それもカラー版と白黒版に分けて22個ものネプリ番号を提供。細やかな配慮に満ちた企画でもありました。
収録歌より
桜が咲きましたトイレ以外はずっと窓から外を眺めてました/岡本雄矢
いいね!『鉄道短歌春報1』青時
配信日:4/14 発行者:青時
鉄道をテーマに短歌を募集したネプリです。歌を募る際、1つ大きなテーマを定めることは、詠いやすさや参加しやすさが生まれるのはもちろん、普段短歌になじみのない人たちの参加も期待できるものです。一方でそのジャンルがニッチであった場合、参加者が集まらずポシャってしまう可能性もあり、ワンテーマの企画には難しさもあると思います。鉄道というテーマは、マニア人口の多いジャンルであるとともに、マニアではない人間でもよく知っているテーマで参加しやすい企画だったのではないでしょうか。優れた企画に周囲の反応も良かったことを示すかのように、8月15日から第2回の募集も行われています。
収録歌より
それぞれのはじまりがあり風がある今日を言祝げ一番列車/青時
いいね!『夜が来るみたいに僕ら』と『夜が来るみたいに僕ら 答え & おまけ』田井中舞
配信日:4/26, 5/13 発行者:田井中舞
短歌によるクロスワードパズルのネプリです。シーズンにおいて唯一の極めてユニークなアイデアでした。ワードを埋めるためのヒントまでが短歌でなされているという徹底ぶりです。「おまけ」には、クロスワードになんとか合わせるために改変した歌の、元の姿などが収録。田井中さんの苦悩がうかがえて興味深いものがありました。
収録歌より(「おまけ」より)
星団のガスとかチリも光るのに誰の一番にもなれなくて/田井中舞
いいね!『人の死なない話をしようをもっと楽しむための本』笠原楓奏
配信日:3/30 発行者:笠原楓奏
笠原さんの第1歌集(ファーストアルバム)『人の死なない話をしよう』の販促企画の第3弾として配信されたネプリです(他に第1弾にはPV、第2弾は主題歌を作成)。販促の手段としてネプリを利用するアイデアはもちろん、PV等を含めた販促全体としても戦略性に富んだ優れた企画だったと思います。ネプリ単体としても柱に短歌を配置したり、歌集掲載は諦めざるを得なかったコンテンツが見れるなど、大変読み応えのあるものでした。PDFも公開されています。
収録歌より(「あとがきのあとがき」より)
死にかけたセミの最期を見る係なのかなあたし今日だけで五回/笠原楓奏
いいね!『MITASASA 増刊号 歌集を読む!編6 笹川諒『水の聖歌隊』』
配信日:3/18 発行者:MITASASA
今年2月に出版された笹川諒さんの第1歌集『水の聖歌隊』の1首評を集めたネプリです。企画への参加を望む人たちへの1次的な販促効果はもとより、採用された評者たちが拡散させることによる2次的な販促効果も見込め、非常に戦略性に富んだ企画だと思いました。19人の歌人による丁寧な読みは、もちろん歌集購入者にとって同書を楽しむ助けになるでしょうし、未購入者にとってもまた同書と関係なく大いに学びになることでしょう。PDFも公開されています。
収録歌より(『水の聖歌隊』より)
椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって/笹川諒
いいね!『ノスタルジア』はこ & 『きょうしゅう』造花(悠理)
はこさんによる『ノスタルジア』と、造花(悠理)さんによる『きょうしゅう』は、互いに連携をとって制作、同時に配信されたネプリです。「郷愁(ノスタルジア)」という同じテーマをもとに歌を詠み、その15~17首を収録した折本には、巻末に相手の1首を掲載した作りになっています。互いのフォロワーに対して、より強い宣伝効果を持つ優れたアイデアだったと思います。
収録歌より(『きょうしゅう』より)
知っているはずの匂いでありながらどこにあったかもう分からない/造花(悠理)
いいね!『短く歌う、言葉と遊ぶ 2月号』中山とりこ
配信日:2/8 発行者:中山とりこ
「畳文」をテーマとしたネプリです。昨年末に配信された1月号では「回文」を扱っており、一貫して「言葉遊び」を大きなテーマとして掲げたネプリシリーズの2月号になります。短歌によくみられる3音程度の語によるリフレインだけでなく、後述の引用歌のような16音ものフレーズが繰り返される畳文も実作で示してくれるなど、楽しく学びの多いネプリでした。
収録歌より
叙景歌を聴き都市集るまで少女 蛍火を危機としたカルマでしょう/中山とりこ
いいね!『異国』鈴木智子
配信日:2/7, 4/5 発行者:鈴木智子
「海外詠」をテーマとした隔月刊のネプリシリーズです。海外詠というテーマ自体はさほど珍しいものではありませんが、それだけをテーマに定期刊行物を提供するというのはユニークでした。多くのハードルが潜在する企画だったと思いますが、海外に通じたメンバーを集め、また各号のテーマ担当を持ち回りにしたり、投稿歌もハッシュタグを使って募るなど、随所にアイデアと経験が感じられネプリ企画でした。残念ながら第5号で終刊となりましたが、シリーズは1冊の本としてまとめられ購入することが可能となっています。
収録歌より(最終号より)
惑星の重圧うける大海の青きうねりを漾へ祖国/笛地静恵
いいね!『ごまドレ vol.3 移住所不定』優木ごまヲ
配信日:4/18 発行者:優木ごまヲ
『ごまドレ』は優木ごまヲさんが発行する、不定期の短歌と俳句のネプリシリーズです。特に「移住所不定」と題されたvol.3はユニークでした。自らの地方移住体験をテーマとした短歌と俳句作品の1枚とは別に、「四国で初めて食べたモノ」と題した写真と説明のプリントを提供。作品の理解を助ける、というより作品の背景に彩りを与え、また作者と読者のコミュニケーションにも寄与する楽しいアイデアだったと思います。
収録歌より
ことでんはゆっくり停まり若草の座席に眠る子牛の如く/優木ごまヲ
定期発行部門
対象となるのは、季刊(年4回)以上の定期発行を明言する作品で、事実2021年の上半期に2回以上の発行があったネプリ作品です。内容、デザイン性、企画性、発行間隔の適切性および一定性に優れた、定期購読を欠かせない作品を紹介します。
超いいね!『きりんねこ短歌合評会』斎藤秀雄, 未補
配信日:1/25, 2/25, 3/25, 4/26, 5/25, 6/25 発行者:斎藤秀雄, 未補
投稿歌から選ばれた2首に対し、斎藤さん、未捕さんによる緻密な評を楽しむことが出来るネプリです。他に類を見ないボリューミーな文量が特徴ですが、しかしその両者の圧倒的な評にも揺るがない抜群の秀歌もまた当然の魅力です。その存在は多くの方が知るところでしょう。評を中心としてるユニークさ。参加型という楽しさ。安定した発行実績。読みやすいデザイン。たとえ投稿していなくとも、このネプリだけは毎月欠かさず手に入れるべきでしょう。
収録歌より(NO.28より)
世界にたった二人だけの子どもの雌雄を尋ねに来るおとなたち/抹茶金魚
いいね!『短歌ハッシュ』うさうらら
発行日:1/15, 2/10, 3/10, 4/10, 5/11, 6/11 発行人:うさうらら
先着順で募集された7首とうさうららさんの1首、合わせて8首の短歌を掲載し配信するネプリです。毎号異なるアートワークが紙面を彩り、寄稿者ならずとも出力し飾りたくなるほどのシリーズです。ブックカバーになったり、ペーパーウェルなどの企画と絡めたり、他の短歌ネプリでは得られない楽しみを与えてくれるネプリといえます。
収録歌より
長旅を終えて眠りぬ白鳥はまだその羽に星ふふませて/月丘ナイル
いいね!『冨川折本』川内祐, 冨樫由美子
配信日:1/29, 2/24, 3/25, 4/27, 5/27, 6/26 発行者:川内祐, 冨樫由美子
冨樫由美子さんの短歌1首と、歌から生まれた川内佑さんの掌編小説を折本としたシリーズ。歌物語ともいうべきスタイルは他にほとんど見られないものでした。1首から読み取れるものの深さ、生まれる世界の広さを、ぜひ堪能していただきたいです。岩波文庫を思わせるデザインも素敵でした。
収録歌より(第20作『視線』より)
向き合っていたはずなのに真夜中に思い出すのは横顔ばかり/冨樫由美子
いいね!『うたそら』千原こはぎ
配信:3/1, 5/2 発行者:千原こはぎ
「あみもの」終刊に応じるように創刊された歌誌は、その編集鳥の実績もあり、またたく間に重要な投稿先として認知されたようです。隔月刊は物足りない感もありますが、その内容量を思えば適切なものでしょう。8首連作、テーマ詠1首など、詠む楽しみへの間口の開き方も配慮が利いています。号を重ねるごとに、その存在は重要度を増していくのではないでしょうか。各号のPDFも公開されています。
収録歌より(第1号「馬鹿な人」より)
ほぼ久保田利伸でしたしゃっくりを止めようとするきみの動きは/若枝あらう
いいね!『覆面短歌倶楽部』
配信:1/8, 2/11, 3/11, 4/12, 5/11, 6/10 発行者:覆面短歌倶楽部 (あの井)
昨年11月に始まったばかりの企画とそのネプリですが、丁寧な運営と発行実績を重ね、この半年ほどで多くのネット上で活動する歌人にとって欠かせない存在となっています。投稿歌が無記名で掲載され、ネプリとして発行されるというスリリングな体験は、ここでしか味わえないもの。唯一の存在として今後も多くの期待にこたえ続けてくれるものと信じています。
収録歌より(其の四より)
きみの匂いだけで満ちてる国とかを想像しつつ雨の三叉路/白野
いいね!『月刊おもいだしたらいうわ』
配信日:1/25, 3/7, 4/11, 5/16 発行者:月刊おもいだしたらいうわ
短歌のみならず詩やエッセイなどの文芸作品から、イラストや写真、コラージュまでと、毎号様々な作品を掲載し、総合芸術紙とでもいうべき内容のネプリシリーズです。多様なジャンルの作家から作品を集め定期発行を目指すことは非常に難しい挑戦であり、大いに評価されるべき点でしょう。紙面レイアウトもおしゃれで、出力するそれだけで気分が上がります。新たな刺激を求めている方には特におすすめのネプリでしょう。
収録歌より(vol.10「Re: フラッシュバック」より)
歯の白さで夢だとわかる 改札もちょっと未来っぽいひらきかた/窪田悠希
いいね!『月刊とにたん』とにたん
配信日:1/31, 2/28, 3/31, 4/30, 5/31, 6/30 発行者:とにたん
昨年ネット上で発足した歌人グループ「とにたん」が発行するネプリです。昨年末に創刊準備号が刊行され、この上半期に1~6号が安定的に配信されました。多彩かつ豊富なメンバーを次々と入れ替え高品質な紙面を維持していましたが、6号で終刊となりました。またいつか復活してくれることを願うばかりです。
収録歌より(第4号より)
花束を貰った瞬間殴り合うレスラーみたいな早春の恋/朝田おきる
いいね!『異国』鈴木智子
配信日:2/7, 4/5 発行者:鈴木智子
「異国」と題して海外詠をテーマに発行されたネプリシリーズです。同人メンバーの歌とエッセイはもちろん公募欄もあり、わずか8ページのスペースに多くのものを盛り込んで、隔月刊ながら読者に高い満足を提供し続けたと思います。残念ながら4月に発行された通算5号で終刊を迎えることに。またいつか復活してくれることを期待しています。なお同シリーズは1冊の本としてまとめられ購入することが可能となっています。
収録歌より(第4回)
神様に花を供える子が明日求婚欄に出品される/深山静
新シリーズ部門
対象となるのは、タイトルに号数等を持つなど、シリーズ化を明言する作品で、2021年の上半期中に通算第2号を発行し、事実シリーズものであることを証明したネプリ作品です。作品内容、発行間隔の適切性、将来的な活動継続性などに優れたシリーズ作品を紹介します。
超いいね!『うたそら 第1~2号』千原こはぎ
配信:3月1日, 5月2日 発行者:千原こはぎ
ネット上で活動する歌人にとって重要な連作発表の場であった「あみもの」の終刊後、素早く連作発表の場として新たに誕生した歌誌です。その創刊のタイミングだけでも極めて意味のあるネプリといえるのではないでしょうか。これまで様々な優れたネプリ作品を提供してきた千原こはぎさんが発行するということで、高品質なデザイン、安定した企画運営、スケジュール通りの発行と、まるで理想的な形でのネプリ配信が2度に渡り提供されました。今後極めて重要なネプリシリーズとなることは誰の目にも明らかでしょう。各号のPDFも公開されています。
収録歌より(第1号「リレーエッセイ いちごいちえ」より)
はばたきの音が聞きたい春さきの空にあつまる歌のつばさの/千原こはぎ
いいね!『覆面短歌倶楽部 其の壱~其の七(覆面短歌のみ)』
配信:1/8, 2/11, 3/11, 4/12, 5/11, 6/10 発行者:覆面短歌倶楽部 (あの井)
昨年11月から始まった毎月開催の投稿企画。選は無く、投稿歌は作者無記名(これを覆面短歌と呼称)でネプリ配信され、翌月に「覆面剥ぎ」と称して作者名を付したネプリを配信するという極めてユニークな企画です。作者当てという楽しみもありますが、なによりフラットに短歌作品を楽しめるという他ではなかなか体験できない魅力があります。「あみもの」終刊後の、毎月の無選投稿先として今後ますます重要な存在になってくるのではないでしょうか。
収録歌より(其の弐より)
アルテミス 月の子でないわたくしを憐れんでいま滅ぼせよ星/架森のん(果野ねむり)
いいね!『夕星パフェ 第2~3号』道券はな, 枇杷陶子
道券はなさんと枇杷陶子さんによる季刊配信ネプリです。毎号ゲスト1人を迎え、3人それぞれの連作を配信しています。これまで2号に佐原キオさん、3号に的野町子さんと、魅力的なゲストの作品が掲載されてきました。十分な配信間隔は、当然ながら作品の質を高めてくれることでしょうし、ゲストの存在が飽きることをさせず、またそれに二人も刺激を受けて増々面白い作品を提供してくれるのではないかと、今後も期待せずにはいられないシリーズです。
収録歌より(第2号より)
水曜の白いうなじはまだすこし月の光の匂いがしていた/枇杷陶子
いいね!『クーベルチップ歌会 歌会記 vol.1~3』丸山萠
配信日:4/24, 5/22, 6/23 発行者:丸山萠
「クーベルチップ歌会」は、横浜の児童書店「クーベルチップ」で開催されている千葉聡さん主宰の歌会です。こちらのネプリはその歌会の模様を折本にまとめて毎月配信しているものになります。歌会の記録を月刊で配信するという存在は、極めてユニークでそれだけで大いに価値があるではないでしょうか。しかもそれが短歌ファンならだれもが知るところの千葉さん主宰の歌会なわけですから、欠かさず出していきたいネプリといえるでしょう。
収録歌より(Vol.1より)
背表紙を端から順に眺めゆき手に取る時の明るい重さ/藤原かよ
いいね!『million birdsongs vol.1~2』大橋弘
配信日:1/30, 4/11 発行者:大橋弘
既に歌集を三冊(『からまり』『used』『既視感製造機械』)も刊行している歌人のネプリ、それもシリーズ化を謳うものであれば注目しないわけにはいかないでしょう。実際知名度のまだ低い歌人がシリーズ化ネプリを発行しても、なかなか続けて出力してもらえないことは予想に難くありません。A4片面1枚の紙面には11首の連作のみを載せるのみ。歌のみを世に問うに値する実力と自信を感じさせます。大橋さんファンはもとより、シュールな世界、言葉と言葉の化学反応を好む読者におすすめのシリーズです。
収録歌より(vol.1より)
樹下。青きいもうとの背の窪みから受け止めきれぬほどもしたたり/大橋弘
いいね!『黒潮ビルヂング zeRo ~〈位置〉』
配信日:1/31, 4/30 発行者:黒潮ビルヂング
枝豆みどりさん、掛水ヱイさん、ひぞのゆうこさん、森田しなのさんの4人による同人誌的ネプリシリーズ。架空のアパルトメント「黒潮ビルヂング」を舞台に、4人それぞれの短歌連作と、短歌と関係あったりなかったりするエッセイが楽しめます。昭和の香りをうっすら感じさせる独特のノリは、季節が変わる頃には欠かさず訪れたくなる不思議な魅力があります。
収録歌より(『黒潮ビルヂング zeRo』「玻璃」より)
秋の日の陽射しのごとき静けさの目をもつ人に見つめられおり/ひぞのゆうこ
いいね!『よるしの通信 vol.2~3』上篠翔, 四流色夜空
上篠さんと四流色さんによる短歌連作と掌編小説を掲載。なにか自らの傷を露わにして、その傷のことをゆっくりと丁寧に説明をくれるような作品が味わうことができます。また掌編小説があることで、この二人の表現者がやりたいことをより感じさせてくれて、短歌連作を味わう上での助けになっていると思います。似ているようで少しテンションの違う二人のバランスは、ネプリをより優れたものとしていると思いました。
収録歌より(vol.2「少女A、道玄坂にて客死」より)
三十分六千円のパパ活にうずたかく反少女の灰皿/上篠翔
いいね!『月刊とにたん 第1~6号』とにたん
配信日:1/31, 2/28, 3/31, 4/30, 5/31, 6/30 発行者:とにたん
戸似田一郎さんを中心に、昨年Twitter上で突如誕生した歌人グループ「とにたん」が毎月発行するネプリ。毎号3人のメンバーが選ばれその作品を掲載していました。毎回掲載のメンバーが代わり、そのほとんどがネット上でよく見る名前であることに驚かされました。残念ながら第6号で終刊とのこと。また新たなネプリでの活動を期待したいものです。
収録歌より(第1号より)
りふれいん、りふれいん、って降るあめのひと粒ずつに銀の映写機/穴棍蛇にひき
いいね!『ゆいなたんかまとめ vol.1~4』士良唯菜(並倉暦)
配信日:2/7, 4/22, 5/21, 6/22 発行者:士良唯菜(並倉暦)
全面手書きによるネプリ作品。その存在は全ネプリ作品の中でも極めてユニークでした。毎号レイアウトが変わるのも手書きの自由さならでは。出力番号を伝える告知画像まで手書きという徹底ぶりでした。次はいったいどんな見せ方をしてくるのか楽しみなシリーズです。なおnoteにてシリーズすべてのPDFが公開されています。
収録歌より(vol.2「透明な夢」より)
薬指なくしたリングこの先も失くし続けて意味を知ってく/士良唯菜(並倉暦)
いいね!『ごまドレ vol.2~3』 優木ごまヲ
配信日:2/21, 4/18 発行者:優木ごまヲ
『ごまドレ』は短歌と俳句を同時に楽しめるネプリシリーズです(6月17日配信のvol.4は、俳句のみのため非対象)。思いのほか短歌俳句を同時に楽しめるというネプリは少なく、どちらも嗜む方にはぜひ押さえておいてほしいシリーズです。毎回凝ったデザインを提供するシリーズでもあり、その点でもおすすめです。
収録歌より(「vol.2 YUKI AIR LINE YAL」より)
地下鉄の階段の減り輝いていつかここからいなくなっても/優木ごまヲ
初ネプリ部門
対象となるのは、個人の発行者が初めての短歌のネプリ作品であると明言、またはそうと読める申告のある作品です。作品内容、デザイン、ユニークさ、将来的な活動継続性などに優れた作品を紹介します。
超いいね!『パーマネント・ヴァケーション』嶋村純
配信日:2/21 発行者:嶋村純
「初めてのネプリ作品」というワードから受け取りがちなイメージを大きく超えた、非常に優れた連作でした。映画『パーマネント・バケーション』をタイトルに用いた明確な引用法は、作品が描く世界の色合いを鮮やかにし、作品の理解を助ける説明の役割を確かに果たしていると思います。シュールな世界を描くというスタイルも、上半期のネプリ作品の中ではユニークで評価に値するでしょう。シンプルな紙面デザインも、そつがなく美しいと思いました。
収録歌より
パトカーが崖から落ちて砕け散る様を見ている新郎新婦/嶋村純
超いいね!『夏秋冬春』春原シオン
配信日:6/5 発行者:春原シオン
理解しやすいタイトル、シンプルで読みやすいデザイン、歌数、フォントサイズ、プロフィールの必要十分な内容と文量。初ネプリとして必要なすべてが理想的な形で実現していると思いました。そしてなにより歌そのものが、初ネプリとして期待するところを大きく超えてきた驚きがあると思います。自選30首として1首1首の力を見せるだけでなく、連作も用意してその実力を提示してくれたところも、読者として嬉しい構成でした。
収録歌より(「夏秋冬春(自選三十首)」より)
しゃっくりのたび脳内でやわらかな壁に子犬を投げつけている/春原シオン
いいね!『生き返り未遂』うゆに
配信日:5/1 発行者:うゆに
初ネプリの作品群の中で(全ネプリ作品の中でも)数少ない小冊子型の作品でした。その表紙は写真家の写真を全面に用いており、デザイン性も優れたものを持っています。それはまるで第1歌集の先行版のような印象を受け、読む者により真剣な態度を促す効果があったと思います。先に10首連作を読ませることで、連作に意識的に仕込まれたテンポや連続性、世界との距離感などが読者に植え付けられ、本来であれば後の自選50首では感じにくいはずの統一性を感じさせ、見事な仕掛けだと思いました。
収録歌より(「自薦短歌50首」より)
天国に行けただろうか告白をしくじった日のスタン・スミスは/うゆに
いいね!『ABOUT US』和三盆
配信日:6/29 発行者:和三盆
少しコミカルな、そしてどこか感傷的な写真を大きく使った表紙が印象的でした。極太のストライプフォントが、スポーティーでまたレトロで、今どきの若い人のファッションを思わせて、まさに自己紹介の一端を担い効果的だと思います。集中前半の、うたの日首席歌たちの、テクニカルな歌々も当然読み応えがありますが、連作「ABOUT US」は表紙の印象と相まって非常に説得力がある一連だと思いました。
収録歌より(「ABOUT US」より)
マクドナルドをマクドとは略さない人がつくったペペチが二皿/和三盆
いいね!『ただいま(冊子体 & 1枚プリント)』杏藤ミレイ
配信日:2/1 発行者:杏藤ミレイ
A4片面1枚の印刷と、A5小冊子型(8ページ)になる印刷の2種類を提供し、読者側で選ぶことが出来るのは、便利でありまた楽しい仕掛けだと思いました。どこか言い足りなさ、途絶感を覚える歌いぶりはユニークで、それだけで評価に値するものでしょう。またその感性は冊子デザインや表紙の写真選びにも生かされていると感じ、ネプリという作品としても統一感があると感じました。
収録歌より
誰一人傷つくことのないように鳥居の上に投げた丸石/杏藤ミレイ
いいね!『食べる』晴穂
配信日:1/17 発行者:晴穂
「食べる」というテーマにおいて、バラエティに富んだ食品の数々を偏りなく用いたところが、良かったと思います。歌いぶりも「可笑しみ」に重心を置いているように感じ、それもまた人間の根源的な喜びを生む本作のテーマとマッチしていたのではないかと思いました。紙面デザイン、タイトル、前文、詠いぶりと、すべてに冷静なコミカルさがあり、トンマナが揃っている印象でした。
収録歌より
おやじしか来ないラーメン屋でひとり頼んだ自家製チーズケーキ/晴穂
いいね!『猫ヶ洞の少年』スズキ皐月
配信日:3/3 発行者:スズキ皐月
読みやすいデザインと、初めて出会う読者に対してまさに適切と思われる程の歌数に好印象を抱きました。なによりその作品が、不穏を糧に真正面からシュールな世界を描こうとしていて、この上半期の初ネプリ作品群の中でも(全ネプリ作品の中でも)極めてユニークな存在感を示していました。
収録歌より
水切りの石が対岸に届くよう祈る視線と似た寝る前の目/スズキ皐月
いいね!『蒲生noネプリ vol1』蒲生友人
配信日:6/20 発行者:蒲生友人
「共同生活」と題され16首の連作は、現代の都市生活者のこもごもを等身大に描いていて、忘れがたい作品でした。インパクト強めのフォントも、全体的な雰囲気を崩すことなくまた読みやすさもあり、良質なデザインを保っていると思いました。「vol1」とあることから、次の号も楽しみにさせてくれます。
収録歌より(「共同生活」より)
一斉に水の流れる音がしてこのアパートもハーフタイムだ/蒲生友人
いいね!『高城紙面 創刊号』高城顔面
配信日:4/16 発行人:高城顔面
ネプリ『高城紙面』にはたくさんの工夫が詰まっています。収録20首には既作新作が分るマークがあり、連作およびネプリの制作エピソードは面白く、長めのプロフィールは波乱がありなかなかに読ませます。オーソドックスなラインで仕訳けた新聞紙面のようなデザインは、やや詰め込み過ぎな感じの文量をも読みやすくしていて、適切な選択だと感じました。「創刊号」とのことで次号以降も楽しみです。
収録歌より(「希求する夜」より)
真っ白な貸し看板が増えている街の余白と呼べないような/高城顔面
いいね!『木漏れ日ひとつぶ』青藤木葉
配信日:4/1 発行人:青藤木葉
たったA4両面1枚の紙面に、10首、13首、8首の連作に加えて、8首の共同連作と自己紹介等が上手くまとめられています。実力あるゲスト(あきやまさん)との共同作品を掲載することは、より多くの読者を獲得することにつながるでしょう。そしてその姿勢は大いに推奨されるべきだし、多くのネプリ製作者が参考とすべきことと考えます。
収録歌より(「ステージ」より)
舞台から転がり落ちる瞬間が一番綺麗でありますように/青藤木葉
プランナー & プレイヤー部門
対象となるのは個人で、ネットプリントの発行者をはじめ、企画、編集、デザインなどの作業を担った者や、各ネプリ紙上で詠草を寄せた参加者など、関係者のすべてです。多くの人に詠む楽しみ、または読む楽しみを提供した、注目すべき人物を紹介します。
超いいね! 千原こはぎ
複数の参加型ネプリを企画、発行し、多くの投稿機会を提供しました。特に『あみもの』終刊に際しては、素早く『うたそら』を創刊することで、多くの短歌作者がスムーズに作品発表の場を移動することが出来、極めて大きなことだったと思います。他にも『とり文庫 vol.11』『みづつき 10』などの編集、発行に携わり、そのどれもが商業誌レベルのクオリティを持っていました。
『とり文庫 vol.11』収録「わたしだけが」より
一冊を読み終わるまではあの人が居ない世界で生きていられる/千原こはぎ
いいね! 雨虎俊寛
この上半期、雨虎さんは、ともえ夕夏さん、谷脇クリタさんらとともに、デザイン、内容、コンセプトなど様々な面で優れたネプリ『最強戦隊ブンボーグ005』を作り上げました。また、多くの投稿企画にも歌を寄せ、それらネプリの紙面の充実に寄与しました。その活動の量は、まるでほとんどの投稿企画に参加したのではないかと思われるほど。事実雨虎さんが参加したネプリは『UME・UTA VOL.1』『こんふぇいと 第8巻』『いちろくみそひと同期会 vol.3』『ねこまんま vol.8』『みずつき 10』『半年たったんか』『子プリ Vol.2』『うたそら』『短歌ハッシュ』『短歌桜』と上げればキリがありません。少なくとも雨虎さんほどの量と質とを兼ね備えた形で歌を寄せた歌人はいなかったはずです。
『ねこまんま vol.8』収録「river songs」より
きみは今しあわせですかビル群を縫う漢江が何度も映る/雨虎俊寛
いいね! 鈴木智子
鈴木さんはその幅広い活動で、この上半期の短歌のネプリ文化を盛り上げました。海外詠をテーマとした隔月刊の歌誌『異国』の編集発行は特に大きな仕事でしたし、また3つの個人的活動のネプリ(『鈴木の推し短歌ポストカード』『満月、袋叩き』『ほうろう通信オンライン短歌市特別号』)も発行しました。それに加え『月歩 第1号』『月刊とにたん 第1号』『MITASASA』『みずつき 10』『黒猫歌会』『覆面短歌倶楽部』『うたそら』『短歌桜』『韻禍律』など、多くのネプリに寄稿しています。その活動の幅広さは驚くばかりです。
『満月、袋叩き』より
スターチスどういうわけかこの部屋の隅で花火のように溢れる/鈴木智子
いいね! 新棚のい
新棚さんもこの上半期に幅広い活動をした一人です。不定期刊、フリーテーマの参加型ネプリ『ぺろりたん』の編集発行に携わり、個人としても『Accomplice』を発行しました。また立葵ゆら(現、夏川凛子)さんの初ネプリ『マッコウクジラの泳ぐ空』のデザイン等で協力したことは意義深い動きだったと思います。他にも『いちろくみそひと同期会 vol.3』『月刊とにたん 第1号』『みずつき 10』『つらたん』『覆面短歌倶楽部』『うたそら』 『短歌桜』 などに寄稿、幅広く活動しました。
『ぺろりたん 4号』より
恋をした人魚の涙ひとつぶがシェルレーヌには含まれている/新棚のい
いいね! あの井
なにより『覆面短歌倶楽部』の運営、そのネプリの編集発行の仕事が素晴らしかったと思います。個人としても3つのネプリ(『二年二組のこと』『いちご摘み放題時間無制限二三〇〇円』『結社「かくう」』)を発行しました。他ネプリへの参加も『月刊とにたん』『半年たったんか』『子プリ Vol.2』『韻禍律』などと精力的でした。
『月刊とにたん 第2号』収録「海に行く」より
海に行くときの気持ちを取っといて海に行くとき以外に使う/あの井
二次創作部門
対象となるのは、発行者が二次創作物であると明言、またはそうと読める申告のあるネットプリント作品です。作品内容の面白さ、一次作品を知らない読者にその魅力を伝える力、デザイン性、企画性などに優れた、二次創作短歌のネプリ作品を紹介します。
超いいね!『雪つぶて』星野いのり(寄稿:榊󠄀原紘)
配信日:3/17 発行者:星野いのり 寄稿:榊󠄀原紘 編集:おとなしはや
漫画『ハイキュー!!』を題材にした二次創作短歌および俳句作品。俳人の星野いのりさんのネプリに歌人の榊󠄀原紘さんがゲストとして参加したもので、星野さんの俳句10句、榊原さんの短歌10首を収録しています。あるエピソードの読後感、あるシーンを見た直後の感動、そういったものを短歌表現で再生することで、理解させ、そしてその感動を改めて読者の胸中に生成しようとする意志を感じます。それは様々にある二次創作短歌のスタイルのなかでもやはり特異で、高度に抽象的で、特別なものと感じました。
収録歌より(「Le paradis」より)
祈らないことを決めたらはるばると見渡せる雪原もあるから/榊原紘
超いいね!『いつかくる朝』なつこ
配信日:6/27 発行者:なつこ
ゲーム『刀剣乱舞』を題材にした二次創作短歌作品。A4→A7サイズの折本に14首を収録。現代短歌のテクニックをよく理解しながら、抑制的に原作の世界を目立たせることに徹して、歌々のトーンに統一感があり、作品全体として優れていました。かなり原作の存在を前提とした詠みぶりで、原作を知らなくてもとか、原作を巧みに説明をしてくれるようなスタイルとは異なっています。それは二次創作のオーソドックスなスタイルであるとともに、一首一首における自由の幅を拡大する効果があり、その力は余すことなく統一感に注がれたように感じられました。同ゲーム中のひとつのキャラクター(刀剣男子)との一期を第一義的に読ませながら、特定の刀剣男子を同定させない仕立ては、同ゲームタイトルとの一期のようにも思わせ、この上半期の他の作品より一歩複層的であり、一歩奥深かったと思います。連作は画像データで公開されています。
収録歌より
いくつものいつもの朝のいつかくるひとつの朝は晴れだといいね/なつこ
いいね!『コマノソト』山野
配信日:2/21 発行者:山野
『おそ松さん』や『モブサイコ100』など多彩な原作を題材にした二次創作短歌作品。1首だけのものから30首連作に及ぶものまでも、都合10作品の二次創作短歌をまとめた小冊子型ネプリです。誌面デザインに特徴があり、各ページ下部には脚注のスペースが設けられていて、二次創作短歌の難しい問題をよく解決しようとする工夫があって好感を持ちました。作品には原作を知らなくとも読める歌も多くあり、その1首としての独立性、完成度は高く、なおのこと原作への強い想いを、リスペクトを感じるものでした。読者は、かほどの詩魂に見初められた原作とは、いったいどれだけ素晴らしい作品なのだろうと思うことでしょうし、それこそが二次創作の本懐なのかもしれません。
収録歌より(「『カラオケ行こ!』和山やま」を題材に)
スキップ/スキップ/スキップ/してもまだ消えない夏の曲があなただ/山野
いいね!『留鳥 ―にっかり青江短歌集』島
配信日:6/26 発行者:島
ゲーム『刀剣乱舞』を題材にした二次創作短歌作品。特に作中に登場する刀剣であり、そのキャラクター(刀剣男子)である「にっかり青江」一振りにスポットを当てて紡がれた38首の連作です。二次創作短歌の多くは和歌や近代短歌を感じさせる歌が多いと感じていますが、同作は現代短歌をよくする人の息遣いを感じる歌々だと感じました。字空け、句割れ、句跨り、ここぞというタイミングで使われる体言止めや、トートロジーも効果的だと思いました。言葉や表現のひとつひとつが大げさになく、その静けさの向こうにキャラクターの姿をよく見せていたと思います。
収録歌より
正装を正装とするくちびるに白粉を塗すように帷子/島
いいね!『言祝ぎ』根無うきくさ
配信日:1/25 発行者:根無うきくさ
『刀剣乱舞』を題材にした二次創作短歌作品。1月に同ゲームが6周年を迎えたことを記念して、企画、募集されたアンソロジーです。総勢27人もの参加者を集めたことは、企画運営の優秀さもさることながら、刀剣乱舞と短歌の相性、そしてその盛り上がりを大いに感じさせるものでした。また7周年、8周年と同じような企画が催されることを期待したいものです。
収録歌より
片手では溢れるほどの日々に咲く花を手に手に光のほうへ/一宇
いいね!『ぺろりたん 3号』新棚のい
配信日:2/21 発行者:新棚のい
二次創作界隈で短歌を詠む人たちと、一次創作としての短歌を詠む人たちとでは、その作品発表の場において明らかに分かれて活動をしているように見受けられます。そうした状況において、普段一次創作としての短歌を詠っている人たちが二次創作をテーマにアンソロジーを組んだこちらのネプリは、なかなか意義深いものだったのではないかと思います。鉄腕アトムから刀剣乱舞、極めてメジャーなものからマイナーなものまで、ジャンルや年代も幅広く、多くの読者を喜ばせる要素が詰まっていた作品集でした。
収録歌より(『九龍ジェネリックロマンス』を題材とした「九龍城砦の秘めごと」より)
スイカとタバコがこんなに合うなんてあなたは誰かを思い出してる/蒼埼悠
いいね!『二十四節気』森下加夜子
配信日:2/12 発行者:森下加夜子
中国制作のアニメ映画『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』の二次創作短歌作品。二十四節気に合わせて詠われた24首の短歌によって、小黒という愛らしいキャラクターの生活が活き活きと描き出されていると思いました。たとえ原作を知らない読者に対しても、歌としての質の高さと季節感を織り交ぜる工夫によって、シーンを背景から立ち上げて確かなイメージを喚起し、読ませ続ける力があると思います。二十四節気という風習自体も中国由来なので、その細やかさも良かったと思います。
収録歌より
「これが雪?」呼び名を知った君の眼は明るく白く景色を映す/森下加夜子
いいね!『つなぐおと』根無うきくさ
配信日:6/27 発行者:根無うきくさ
ゲーム『刀剣乱舞』を題材にした二次創作短歌作品。ネプリ配信当時における刀剣男子全キャラクター96振(8月現在では8月11日に姫鶴一文字が加わり全97振)すべてを歌に詠み、一冊の折本にまとめたものです。「九十六振一首」と副題にある通りまるで百人一首のような印象は、原作の雰囲気も含めてパッケージとして説得力があり良いなと思いました。また、このようになにかしらの形で原作の全容が知れるというのは、読者を次へのステップ(ゲームのプレイ)へいざなう効果があり、ファンアートとしての意義もよく果たしているのではないかと思いました。
収録歌より
たがための祈りを待つか朝露の念珠あえなく風に散りつつ(江雪左文字)/根無うきくさ
いいね!『無題(刀剣短歌とイラストのフォト & ポストカード)』波羅多
配信日:2/12 発行者:波羅多
ゲーム『刀剣乱舞』を題材にした二次創作短歌作品。優れたイラストレーションは二次創作の世界においてメインカルチャーともいえる存在かもしれません。また「短歌」と「刀剣」という、どちらも長く日本の歴史にかかわってきたコンテンツ同士の相性は抜群です。そんな二つのアートが、優れたデザインセンスで1枚のポストカードに収められているのですから、極めて印象的であると言わざるを得ないでしょう。
※収録は1首のみなのでここでの引用はしません。
いいね!『インディゴの短歌』
配信日:4/1 発行者:アヤカタソ
実写ドラマ『ポルノグラファー 〜インディゴの気分〜』を題材にした二次創作短歌作品です。誰もが知っている大ヒット作、そういった界隈ではないところにおいても短歌での表現が挑まれているところに、同じ短歌愛好者としてやはり好感を覚えました。よくある漫画からのストレートな二次創作とは異なり、こちらは漫画原作を実写化したものを扱っています。また二次創作ではBL(ボーイズラブ)化する手法も多く見られますが、これは原作がそもそもBL物というなかなか複雑な鑑賞体験を提供する構造になっています。読者と原作との距離が遠いからこそ、ただそのまま短歌作品集として実に分かりやすい仕上がりになっているのも面白いと思いました。
収録歌より(「拾遺」より)
創作の海原をいく懐中にHOPEてふ名の煙草忍ばせ/アヤカタソ
ある視点部門
対象となるのは、他14部門の対象基準、評価基準では選べないものの、それらとは別に優れた点があるなどして、より広く知られるべきと考えるネットプリント作品です。作品内容の面白さ、デザイン性、企画性などに加え、なによりその視点のユニークさに優れたネプリ作品を紹介します。
超いいね!『Accomplice』新棚のい
配信日:1/14 発行者:新棚のい
ブロマンスをテーマとした50首連作を収録。そのテーマの、またはそのテーマに類する諸問題の、現代において急がれる議論、対話、理解、の重要なことは多くの方が感じていることでしょう。それを正面から扱ったことと、またそれ以上にこのような作品がわずか上半期とはいえ特異であったという事実において、この作品はやはりより広く知られるべきだと思いました。何も短歌で社会問題の解決を、などと大仰なことを言いたいのではなく、ただもう少しだけ、社会問題も恋愛も日常も幻想も、同じように短歌で出会える世界であることを期待するものです。
収録歌より
多数派と少数派が対立する変わりゆく今が僕たちを踏む/新棚のい
いいね!『半年たったんか 2020年下半期号』
配信日:2/21 発行者:半年たったんか 編集:さよならあかね
ネプリ『半年たったんか』は、ツイッターのハッシュタグ「#2019年自分が選ぶ今年上半期の4首」に投稿された歌々をまとめる形で生まれた企画ネプリで、半期の自選4首を募ったアンソロジーです。第1号は『2019年下半期号』として深水きいろさんにより形とされました。自然と優れた歌々が集まる性格を持つ素晴らしい企画でしたが、その後に継続されることはありませんでした。同作はそれを新たにさよならあかねさんが引き継いで発行したものになります。これまでにない優れた企画生み出すことももちろん素晴らしいことですが、過去の優れた企画を継承するということもまた同じように素晴らしいことなのではないでしょうか。その意志と行動力に敬意を表します。
収録歌より
7階のドクターペッパー位置エネルギーがすごくて秋の季語だな/さよならあかね
いいね!『マッコウクジラの泳ぐ空』立葵ゆら(夏川凛子)(デザイン:新棚のい)
配信日:1/14 発行者:立葵ゆら(夏川凛子) デザイン:新棚のい
夏川凛子さんの初ネプリ。作品およびデザインの質が優れていることはもちろんですが、そのデザインを他者(新棚のいさん)に依頼しているところが特に注目に値するポイントだと思います。実際デザインが悪くその短歌の魅力が殺がれている作品も少なくありません。デザインの腕に自信がなければ他者に依頼すればいいわけですし、事実書籍などを自らデザインする作家などほとんどいないはずです。夏川さんの場合それを初めてのネプリ制作からやって見せたわけで、表現者として実に戦略的だし、それは大いに称賛される資質だと思います。
収録歌より(「ヒロイン」より)
アンバーの香水ばかりつけるからマッコウクジラと泳ぐ初夢/立葵ゆら(夏川凛子)
いいね!『矩(かな)』佐々岡矩実
配信日:3/12 発行者:佐々岡矩実
A4両面に4編62首を収録。自選の歌々や連作「おんな」も実に読み応えのあるものでしたが、同作においては特に連作「祖父母」および「23歳だった」に見受けられるローカリズムに心惹かれました。それは、世界に散在し歴史に変化にする、言葉と文化の多様さに対する平等な興味を持ち得ているからこそ成せる表現なのでしょう。短歌と言う器は、個人やそれが直接的なつながりを維持できる程の地域共同体が刻んだ生活や空気、といったものを伝え残すにおいて、実に適した側面を持っているのではないかと思わせてくれる作品でした。
収録歌より(「祖父母」より)
「寂しいがあ、泊まってきねのぉなつみちゃん」そんな今だけ正しく呼ぶな/佐々岡矩実
いいね!『溺愛』ゆやゆき
配信日:6/30 発行者:ゆやゆき
とにかく犬が好きだということを真っすぐに詠った15首。そういえばこういったワンテーマでストレートな想いを形にするネプリも少なかったようです。犬だけでなく猫や他のペット、または様々な趣味など、いろんなワンテーマのネプリが発行されると楽しいだろうなと思いました。それはきっと短歌ファンではないところにも歌が届きそうな気がして一層愉快です。
収録歌より
気まぐれで今日の散歩は4キロで飼い主はもう帰宅に必死/ゆやゆき
いいね!『享年34歳』のぶつばき
配信日:3/5 発行者:のぶつばき
2019年11月に亡くなった俳優滝口幸広さんを詠った挽歌。明らかにそうと分かる形で発表された挽歌のネプリはこれだけでした。このようにまとまった形で挽歌を発表することは、故人を誰かの、つまりは自らの心に長く刻むことを果たし、それこそ弔うということの本願に叶う行為なのではないかと思いました。挽歌を詠むという行為が、もっと顧みられてもいいのではないかと思った次第です。
収録歌より
命日に泣くこともなくコンビニを何も買わずに出るなどをした/のぶつばき
選考基準について
選考する者について
全ての選考は、最適日常の管理人たる月岡烏情の独善的な判断で行われます。複数名の選考委員によるものではありません。
選考対象の条件
選考の対象となるものは以下の条件をすべて満たすものであり、かつ後述の「選考除外の条件」に該当しない物になります。
- フジフィルムがセブンイレブンとで提供する「ネットプリント」サービス、またはシャープがローソン、ファミリーマート、ポプラグループとで提供する「ネットワークプリント」サービスのいずれかを利用して配信された印刷物。
- 発行者が短歌と称する作品、1首以上が含まれている印刷物。
- 最初の配信の日付が2021年1月1日から6月30日までの印刷物。なお、紙面記載の発行日ではなく、実際にTwitter上などで配信番号とともにアナウンスのあり、事実印刷可能となった日を基準とする。
- 二次創作物の場合、その発行者にシェアの許可を得られたもの。
選考除外の条件
以下のものは選考の除外対象となります。
- 2020年12月31日以前に配信されたものの再配信となるもの。
- 発行人が最適日常または月岡烏情であるもの。(月岡烏情がいち出詠者として参加しているものは選考対象。)
- 二次創作のものでシェアの許可を得られなかったもの。
- 二次創作のもので、性的表現、年齢制限のあるもの。
- 一次創作および二次創作にかかわらず、極めて過激な性的表現、暴力表現、差別表現が含まれているもの。
- 明示的または暗示的、婉曲的にシェアを拒否する意思を示しているアカウントが発行するもの。
- 最適日常が推奨する手段に応じて、最適日常に対しE-mailや、Twitterでのブロック機能、DMなどで、直接的または婉曲的に、本企画のみならず最適日常が提供するすべての企画への関りを拒否する意思を示したアカウントが発行するもの。